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心の問題

人が離れていく気がする 疎外感を感じる人へ

投稿日:2017年4月21日 更新日:

あなたの疎外感はあなたの「不健康」さが原因かもしれません

私はどの環境に行っても、どこへ行っても人から嫌われている気がする。もしかしたら、私に決定的な人格の欠陥があるかもしれない。今後、友達も作ることはできないし、ましてや恋人など作ることなんてできない。

そういった悩みを抱えている方はいませんか?私もその一人です。上記の悩みを抱える中で、ある一つのパラメータを考えました。それは「こころの健康度」です。以後、健康度と略して表記いたします。

 今回は人から嫌われている感じがするそのモヤモヤは一体なんなのか、「健康度」というパラメータを使って考えてみたいと思います。

健康度の定義

健康度の定義は簡単で「健康度=健康さ/不健康さ」です。

健康さというのを具体的に申しますと「私は大丈夫」「私には居場所がある」「無理をしないで一休みする」「人生が楽しい」「リラックスしている」「やさしい気持ち」「したいことが浮かんでくる」などです。

逆に不健康さというものを具体的に申しますと「自分はダメだ」「自分自身が嫌い」「自信がない」「自分を責める」「考えがまとまらない」「不安」「イライラする」「誰もわかってくれない」などです。

健康さを一言で言えば「自己肯定感」、不健康さを一言で言えば「自己否定感」と言えるでしょう。

 疎外感を感じず、楽しく生きる目標は健康度を高めることです。ただし、不健康さをゼロにすることはできません。上記の定義を見てください。健康度は健康さを不健康さで割り算しています。不健康さ=0を代入すると健康さは値を返すことができません。

つまり、「自分は不健康な人間だから不健康さをゼロにしよう」と頑張って不健康な自分を潰そうとしないでください。ということです。健康度を上げるには不健康さを減らすよりも、健康さを増やすことが大切です。

あなたの「疎外感」は人格的欠陥が原因ではない

まずは、健康度というパラメータを受け入れてもらうために、人格的欠陥という概念を破壊したいと思います。

あなたは「自分は嫌われている」と感じているとして、その原因は何だと思いますか?自分に原因を求めていませんか?

例えば、

①笑顔で挨拶ができない

②空気が読めていない

③場に合った話ができない

④人と話すときはどうしてもあがってしまうか変にテンションが上がる

⑤コミュニケーションが下手(言い方、相手の気持ちの読み取りが下手)

などといった理由を挙げ、そんな自分はダメだと思ってしまい、それを「自分の人格的欠陥」と位置付けて自分を責めていませんか?

少なくとも、上記の5つの例の能力不足はどんな人でも感じています。

それを感じた具体例として私の経験談を話します。

私から見て「すごいな~コミュニケーションが上手だな~あんな風になりたいな~」と憧れている人から、「僕にはコミュニケーションの能力不足があるみたいなんだけどどうしよう。コミュニケーションって難しいね。」という相談を私が受けたという経験がありました。

つまり、問題の本質は「上記に5つ上げたような能力不足」ではなく「自分には人格的欠陥があるダメ人間だ」と思ってしまうことなのです。

これが「あなたの疎外感は人格的欠陥が原因ではない」という言葉の意味です。

人格的欠陥とは何か?

私が嫌われているのは私に人格的欠陥があるからだと感じている人に聞きます。ではその「人格的欠陥」とは何でしょうか?先ほど挙げた5つの能力不足のことでしょうか?そんなもの、みんな抱えています。じゃあ、あなたの人格的欠陥は?

この「人格的欠陥」は幼いころに植え付けられた「幻想」と言えるでしょう。その幻想は

・とても厳しい親から「あなたはこうでなくてはならない、ああでなくてはならない。さもなくば人から嫌われ孤独になるよ」とか言われて育ってきた経験

・子どものころにいじめを受けしょっちゅう「バカだな~」「死ねばいいのに」「お前は空気だから誰も相手にしないよ」と言われてきた経験

こういったことを言われ続けた結果「私には人格的欠陥があるから気を付けていないと人に嫌われてしまう」という幻想を抱いてしまい、本やネットを漁って「好かれる人間(嫌われない人間)の定義」というものを学びます。

そして、新しい環境(中学から高校へ、高校から大学へ、大学から社会人へ)になったときに学んだことを活かそう頑張ってしまうのです。

ただし、その努力は無駄です。なぜなら「人格的欠陥」というものは幻想だったからです。むしろ、頑張ることによって人はどんどん離れていきます。

好かれる人間を演じると健康度が下がる

好かれる人間を学び実践するという行為、例えば、過度に気を遣ったり、自分の思ったこと言いたいことを我慢したり、自然な自分を隠して学んだ「好かれる人の定義」を演じたり、自分は好かれているかどうかをチェックして自分の学びを評価したり、誰かとコミュニケーションをとった後にものすごく反省したり・・・

こういった行為を色々な人に実践すると非常に疲れます。疲れると健康度が下がっていきます。健康度が下がると誰とも会いたくない、誰とも話したくないという気持ちになっていきます。

健康度が下がることの弊害はそれだけではありません。健康度が下がったときの一番の問題は「人から避けられること」です。

あなたの疎外感は下がりきった健康度が原因

 人から好かれようと頑張って「人から好かれる人の定義」を学び、実践し、その行為に疲れ、健康度が下がり、その結果、人から避けられる。なんという皮肉でしょう。

疲れると健康度が下がるというのは、だんだん無気力になってきて、表情が暗くなってきて、脳での情報のやり取りがうまくいかなくなって・・・これは脳の疲れ、つまりうつ病の症状です。健康度が下がりきったときの状況がうつ病に相当します。

そんな人を見て誰が近寄ろうとするでしょうか?本当に自分を愛してくれる人しか寄り添ってくれないのではないでしょうか?ただし、新しい環境に行ったとき、そんな人にすぐ出会えるはずもありません。

 周囲から見た時、健康度の下がった人というのは「近寄りがたい人」「重い人」というように感じます。何か話しかけてきたら、私の健康度まで侵されてしまいそう。だから人は寄ってこなくなるのです。

こんな考え方もできます。「人から好かれる人の定義」を演じるうち、その人のキャラクターというものがわからなくなっていきます。本人はその瞬間、瞬間で「好かれる人間」のい定義に従って演算し、行動しているわけですが、傍から見たら「この人はどんな人なのかわからない」というように見えます。どんな人かわからなければ、好きになるか嫌いになるかの判断さえもできません。その結果、宙ぶらりんの人になって、とりあえず避けといたほうが無難と考えるようになるのです。

上記の現象の結果、「頑張っているのに私は誰かから避けられている気がする」という気持ちに襲われ、どんどん自分が嫌いになり、自信がなくなり、表情は暗くなり、不安感を持ってイライラしたり・・・そしたらもっと避けられます。

人は基本、楽しく明るく健康に生きたいのです。それなら健康そうに見える人に寄り添ったほうが安全です。もうこれは人の本能と言ってもいいかもしれません。

自分を好きになろう

今までに申したことから、ある一つの結論が導き出されます。

「自分自身を嫌ったままで、楽しく健康に生きることは不可能」

ということです。自分は嫌いだけど、好かれたいから「好かれる人の定義」を演じ、その結果疲れて嫌われる。「自分は嫌い」のプログラムを誤(False)にしない限り、そのループから出ていくことはできません。

自分を好きになるということは自己肯定感を高めるということです。詳しいことは私の別の記事に書いてありますのでこちらを参照してください

・できない8割を責めるのではなくできた2割を徹底的に褒める

・自分を褒めてくれる人を大切にする

・「ありがとう」に敏感になる

これらを意識することで「ありのままの自分」を許せるようになります。

これができれば、「好かれる人の定義」を学び、その瞬間、瞬間でその定義に則った演算をして疲れて人と関わりたくなくなる、人から避けられるというスパイラルから抜け出せます。

人に好かれるためには、まず自分から

これを基本理念としていきましょう。そうすることで、疲れることも減って、健康度も上がります。

十人十色

十人十色という言葉があります。十人いたら十人の考え方、性格があるわけです。この四字熟語から言えることは

「人の性質に正解などない」

ということです。あとは金子みすゞ氏の言葉に「みんなちがってみんないい」という言葉がありますね。このことからも

「人の性質に正解などない」

という結論が導き出されます。

大事なことだから2回言いました。

いろんな人がいて、いろんな考え方があって、その相互作用によって色々なものができ、私たちの社会が創られるわけです。みんな同じだと人間は滅びてしまいます。「生物種生存競争」の基本原理ですよね。人間も動物ですから、いろんな人間がいるのです。それによって人類がここまで栄えてきたのです。

私たちは色々な人がいるうちの一種類に過ぎないのです。そこに正解や不正解の概念はありません。

まとめ

私には人格的欠陥があるという考えを幼いころに植え付けられ、自己否定的になり、「好かれる人の定義」を学び、実践して疲れて、その疲れてた様子を見て人は離れていく。というものすごく皮肉めいた負のスパイラルから抜け出すには「ありのままの自分を認める」という考え方が必要になります。それを肯定する助け舟となるのが十人十色ということわざなのです。

 みんな違っていて、自分のその一種だと気づき、その中に自分は存在してよい(自己肯定)という考え方が大切です。こうして心の健康度を高めていけば、私もあの人の様に健康になりたいという本能が働いて、人は寄ってきます。

上記を悟れば「生きやすさ」につながる。だから先人たちやミュージシャンは色々な言葉を使ってその本質を語るのです。今回は、それらの言葉を紹介してこの記事を締めくくりたいと思います。

十人十色 謂れは不明

みんな違ってみんないい 金子みすゞ

誰の真似もすんな君は君でいい。生きるためのレシピなんて、ない。ないさ。 Mr.children 終わりなき旅

-心の問題

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