資料請求番号:TS52
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タイトルを見て「え?」と思った方、いるかもしれません。
なぜなら、塩化ナトリウムの溶解度は温度に関わらず一定であることを小中学校の理科で習うからです。
でも、冷水よりも熱湯の方が塩が溶けやすい感じ・・・しませんか?
実際に、冷水よりも熱湯の方が塩化ナトリウムは溶けやすいのです。
今回は、冷水よりも熱湯の方が塩が溶けやすいことを示した実験動画と、
溶解度は一定なのに、なぜ熱湯の方が塩が溶けやすく感じるのか?を数式(ネルンスト-ノイエス-ホイットニー式)で説明したのち、
その数式のイメージを図に起こしてみました。
ねぇ、ストーク。ワタシ、料理をしていて思うんだけど、塩って冷水よりも熱湯の方が溶けやすい感じがするんだけど・・・
え?オマエ、料理するの?
するわよ~。ワタシを誰だと思ってるの?あのグルメ王国、名古屋の出身よ。
(名古屋は故郷じゃなくて大学やろうが。。)
へぇ~。なんかオマエ趣味が男っぽいからてっきり冷凍モノとかスパゲッティとかレトルトとかで雑に済ませていると思ってた。
いやいやいやいや~。
え?それで塩って熱湯の方が溶けやすい感じするん?
する。でも、おかしいじゃない?塩化ナトリウムって溶解度は20℃から100℃で一定のはずなのに・・・。
・・・・。
え?もしかして、考えてるの?
(いつも、なんでもかんでも即答するストークなのに・・・。)
実験してみっか。
はぁ?
え?なに?実験するって・・・・。
ちゃんと量測って溶かしてみるんだよ。冷水と熱湯とでな。
100均行くぞ。
まさか、こんなことになるとは・・・・。
100均でビーカー代わりのカップ、計量スプーン、300mLの計量カップ、そして塩を用意した。これらと、家にあった1kgまでの秤を使って実験する。
塩は熱湯になると溶けやすい感じがするというのは本当か?実験
・用意するもの
中身が良く見えそうなガラスのカップ
計量スプーン(小さじ5mL)
計量カップ(300mL)
塩
秤(最低目盛り5g)
・実験手順
①計量カップに粉体の塩300mLを計り取り、質量を計る。
②秤にカップを載せ、水80gを計り取る
③カップに小さじ2杯分の塩を加える
④かき混ぜる
⑤ ②~④と同様の実験を熱湯80gでも行う
・実験結果
①について、粉体の塩300mLの質量は325gであったので、粉体の塩の密度は1.083g/mLであることが分かった。
(実際の塩化ナトリウムの密度は2.16g/mLであるが、粉体の状態では、隙間に空気が入るので、見かけの密度は低下する。)
③について、小さじ2杯分の塩は10mLなので、10.83gの塩を80gの水へ投入したことになる。
塩化ナトリウムの分子量を58.4とすれば、10.83gの塩は0.185molであり、完全に溶解すれば2.23mol/Lとなる。
④について冷水(約15℃)で完全に溶解するのに120秒~180秒程度の時間がかかった。
⑤について熱湯(約100℃)で完全に溶解するのに30秒~60秒程度の時間がかかった。
塩化ナトリウムの溶解度は20℃から100℃にかけてほぼ一定で、約27g/100g水である。モル数にすると4.22mol/Lである。
参考
塩の溶解度について:http://www.shiojigyo.com/siohyakka/about/data/brine.html
食塩水の密度について:http://www.geocities.jp/kagakulabo/conc2.html
・実験の厳密性について
キッチンで行う実験の性質上、この実験は科学的厳密性にかける部分が多い。今回、厳密性に欠ける部分は
(1)攪拌強度が一定でないこと、冷水実験の攪拌強度を熱水実験で再現できない。
激しくかき混ぜれば、より溶けやすい。これは境界層の厚さδと関係している。δは後述する方程式のパラメータの一つである。
(2)秤が安物であること。
(3)攪拌中の熱水が冷めることを考慮していない。
(4)溶解中に粒子の半径が小さくなることを考慮していない。
(5)溶解完了は目視で確認せざるを得ないため、溶解完了時間が曖昧である。
(6)文献は本来、化学便覧を使用すべきだが、ネットの情報である。
・実験動画
冷水(約15℃)
熱湯(約100℃)
・画像
約30秒経過後
冷水
熱湯
約1分経過後
冷水
熱湯
マジだ。
でしょう?チンチンな方が溶けやすいじゃない。
チンチンってなんだ?
あ、ごめん。熱いって意味。尾張の方言。
・・・・フッ(笑)チンチンて・・・。チンチン・・・。
それで、どう説明するの?これ。
チンチン・・・。
いつまで笑ってんのよ!!?アンタは!?ガキじゃないんだから!
これはな・・多分あれだな。平衡論と速度論の問題だな。
・・・フフッ(笑)
はぁ~しょうもな~。。。
平衡論と速度論ってなに?
もう十分笑った?
あ~おもろかった。
それで、常温の水よりもチンチンな熱湯の方が塩が溶けやすいと感じるのは、速度論の影響なんや。
チンチンから離れなさい!
オマエが言ったんやないか。
まぁ、そうだけど。さっき、平衡論と速度論って言ったでしょ?それってどういう事?
平衡論ってのは、無限時間置いたときに、どんな現象が起こるかを考えるたい。今回の場合は塩化ナトリウムの水に対する溶解。
100gの水に対して最大約30gの塩化ナトリウムが溶ける。この30gっていう数値は20℃~100℃の間で一定で、これが溶解度なんやな。
でも、この溶解度って言うのは、平衡論なんで無限時間置いたときに、それだけの塩が溶けますよと言っているにすぎないったい。
ふぅ~ん・・・。速度論ってのは?
速度論は平衡に至るまでの速さがどのくらいなのかを考えるたい。
今回の場合、冷水よりもチンチン、いや、熱湯の方が溶けやすいと感じたのは、平衡に至るまでの速さが速かったからなんだ。
溶解度はあくまで無限時間置いたときに、最大どのくらい溶けるかを考えていて、それは塩化ナトリウムでは20℃~100℃で一定と。
でも、溶ける速さというのは、温度が高い方が速い・・・
あ、確かに・・・。実験では最終的に両方溶けていて、最後の状態って言うのは冷水と熱湯とで同じ。
でも、それに至るまでの時間が熱湯の方が短かったわね!
そう。「溶けやすい」と一言で言うが、
100g当たりに溶ける量、すなわち溶解度が多ければ多いほど溶けやすいというのか、
溶媒の中に入れたときにサッと溶けるのが溶けやすいというのか、
では話が違ってくるんだよな。今回、シママが感じた「溶けやすい」というのは、後者の方だな。
・・・そうみたいね。
多分だが、溶解した塩の濃度変化ってのは、塩の濃度をC、飽和食塩水の濃度をC*、時間をt、定数kを使って、こんな感じの式で表されて・・・・
この定数kの中に温度に関する式が入っているんだと思う。
え、何でそんなことわかるの?アナタ、最初は何も説明できなかったはずなのに・・・。
塩が水に溶けるとか物質が膜を透過するとか活性炭に物質が吸着するとか、そういった「物質が移動する式」ってのは、
平衡値(今回は溶解度)との差の定数倍が塩水の濃度が増える速さになっている。つまり、飽和状態から現在の濃度までの差というのは塩が溶けるという現象のアクセルの踏む強さのようなものやけん。
あれだな。お腹空いているときはものすごい速さで食べるのに、お腹がいっぱいになってくると食べるスピードが落ちてくるのと似ているな。
ふぅ~ん・・・。
こうやって、物質が移動するときの速さって言うのは、「定数×差」で表される。移動現象論の基本だ。
資料請求番号:TS52はじめに(移動現象論で何がわかるの?)まず、移動現象論を学べばどんなことが出来るようになるのかと言いますと・・・ 水槽に垂らしたインクの濃度が均一になるのにかかる時間はどれくらい? コップに入れたお湯が冷めるのに必要な時間はどれ... 移動現象論とは? 身近な例を紹介 - らい・ぶらり |
それで、え~っと・・・。
何してるの?急にスマホ触りだして・・・。
自分が立てた式が合っているのか確認しないとな。それから溶解速度に温度はどういう風にかかわってくるのかを調べないと・・・。
うん。物質の溶解する速さというのはネルンスト-ノイエス-ホイットニー式で表されるらしい。
出典:薬学がわかる~薬剤師国家試験 溶解現象と溶解速度(Nernst-Noyes-Whitney(ネルンスト-ノイエス-ホイットニー)の式)
http://yakugaku-wakaru.com/entry236.html
あ、確かに速度=(定数×平衡との濃度差)だね!
どうやら、温度は定数に入っているようだ。ここが室温288K(15℃:冬季の常温)なのか、熱湯373K(100℃)なのかが、今回の違いだ。
今回の場合、熱湯の方が塩が溶けやすいと感じたのは、ネルンスト-ノイエス-ホイットニー式によると拡散定数の温度項の数値が高かったから、
速く溶けて、溶け終わるまでの時間が短くて済んだ。だから、溶解度は同じだけど、温度が高い方が溶けやすい感じがしたんなろうな~。
なるほど。平衡論の話と速度論の話を同じ言葉「溶けやすい」で片付けようとしちゃうと、こういう疑問が残ってしまうのね・・・。
そうだな。無限時間置いたときにどうなるかを考える平衡論と平衡に至るまでの時間を考える速度論は分けて考えなければならないったい。
ところで、今回って溶かし切った時の塩の濃度って2.22mol/Lでしょ?なんで飽和まで溶かさなかったの?
簡単に言うと実験するのがだりぃからだ。
もう一回式を見てみろ。食塩水の濃度が飽和に近づいていくにつれて、溶ける速さがだんだんと遅くなっていくだろう?
DS/Vδをkでまとめて実際にこの微分方程式を解いて、濃度を時間の関数で表してみると
となる。これをグラフにしてみると
こうなる。C*は飽和の濃度だから4.22mol/Lだな。kの値は、今回実際に溶解にかかった時間から推定した。
今回は大雑把に推定したが、マジメに推定したい場合にはさっきの式の対数を取って、直線の式にして推定する。
とにかく、全部溶かし切るのに1000秒かかるんだ。16.7分ずっと手で攪拌しながら、カメラを回しつづける。ダルくねぇか?
ブログ的にも16分ずっと読者に見せるのも申し訳ないだろ?
確かに。
今回は、温度による溶ける速さの違いがテーマだ。別に飽和までやらなくてもいいだろう。
なるほど・・・
(ストークってもしかして、ここまで考えて実験の手順を作ってるのかしら・・・。80mLに小さじ2杯の塩をっていうのもちゃんと意味があったのかしら・・・。)
それで、この式を使えば、温度が変化したとき、塩が溶けきる、すなわち食塩水の濃度が2.23mol/Lになるまでの時間が推測できる。
え?すごーい!じゃあ、熱湯で溶かしたときに溶かすまでにかかる時間を予測できるってこと?
ああ。またネルンスト-ノイエス-ホイットニー式を見てみるぞ。
出典:薬学がわかる~薬剤師国家試験 溶解現象と溶解速度(Nernst-Noyes-Whitney(ネルンスト-ノイエス-ホイットニー)の式)
http://yakugaku-wakaru.com/entry236.html
kはTに1次で比例するだろ?それで、冷水の絶対温度と熱水の絶対温度の比は373/288で1.29だ。つまり、kを1.29倍したら、100℃の時の曲線になる。
うんうん
じゃあ、100℃の時の曲線を出してみるぞ。
あれっ?
全然違うんだけど・・・(笑)
100℃のとき、30秒~60秒で溶けたら?
え~っと・・・・
(普段、スパッと説明をこなすストークが困ってるのを見るの、面白いなぁ~)
わかった。溶媒の粘度だ。15℃の水の粘度は1.138 mPa・s、100℃の水の粘度は0.282 mPa・sと4倍くらい違うんだ。そして、溶媒の粘度はkの中のパラメータに入っているから・・・kを1.29倍してさらに4.03倍すれば100℃の曲線になるはずだ。
参考:水の粘度 https://www.as-1.co.jp/academy/24/24-2.html
おおっ、実際の現象に近いんじゃない?
ああ。今回の計算から、温度が高くなると塩が溶けやすく感じるのは実は温度ではなく、溶媒の粘度の方が要因として大きかったということも分かったな。
いや~面白かったよ!ありがとう!!
あ、うん!
でもなんで、ネルンスト-ノイエス-ホイットニー式では、溶ける速さが温度や粘度に関係するのかしら?
じゃあ、式の意味を見ていこうか。確かに溶ける速さは温度に1次、粘度にマイナス1次の関係を持っている。このことをモデル図で理解しよう。
まず、水和に関する知識は大丈夫だよな?
うん。塩化ナトリウムはこういう構造をしていて・・・
そして水分子がぶつかってナトリウムイオンや塩化物イオンが格子から剥がれていく。
剥がれたイオンは極性を持った水分子に取り囲まれる。
これを水和と言って、これが塩が水に溶けるということなんでしょ?
ドヤ顔すんなよ。こんなの知ってて当たり前だ。
・・・・。
さっき、水分子が塩化ナトリウムの格子にぶつかるっていうたやろ?
・・・・うん。
そのぶつかりやすさが温度と粘度に関係しているんだ。
え?どういうこと?
まずは温度なんだが、分子は絶えず振動しているよな。そして、温度が高くなるとその振動は激しくなる。
振動が激しくなれば激しくなるほど、格子にぶつかりやすくなるから、速く溶けるったい。
※分子運動と熱
資料請求番号:TS14原子と分子の違いや関係を解説この世界は小さな小さな粒子である原子、分子からできています。原子、分子を知ることは理科、理科の中でも化学の扉を開く第一歩です。原子とは何か?分子とは何か?その違いは何か?を詳しく解説します。原子原子を... 原子と分子の関係や違い~中学理科をわかりやすく~ - らい・ぶらり |
溶媒の粘度っていうのは?
分子の運動って、他の分子とぶつかると伝わるんだ。運動量の伝播だな。粘度が高いと、運動量が伝播しにくくなる。伝播を繰り返すにつれてその運動量が減っていってしまうんだ。減衰するんだよな。
だから結局、粘度が低ければ低いほど分子の溶液全体の分子の運動量は大きくなる。だから、格子にぶつかりやすくなる。
よって、粘度が低いほど速く溶けるってわけたい。
なるほど~。温度にしろ、粘度にしろ、水分子の格子へのぶつかりやすさが大切で頻繁にぶつかるほど速く溶けるのね。
そういうこと!
今回は「冷水よりも熱水の方が塩が溶けやすい感じがする・・・溶解度は一定のはずなのに。」という日常の感覚を科学的に説明することを目指して、
実験と論理、そしてその論理の物理化学的理解をまとめてみました。
溶解度が一定というのは平衡論で、無限時間溶かすことをしたら、その溶解度に至るということを説明しました。
一方、速度論は平衡に達するまでにかかる時間について考えており、今回熱水の方が塩が溶けやすく感じるのは溶ける速さが速いため
という説明をしました。
同じ「溶けやすい」でも、たくさん時間をかけてもいいから、100gの水あたりに大量に溶質が溶けることを溶けやすいというのか、
溶質を加えたときに直ちに溶けることを溶けやすいというのとでは、意味が変わってきます。
今回「冷水よりも熱水の方が塩が溶けやすい感じがする」というのは後者の意味で、「溶解度は一定のはずなのに。」というのは前者の意味なので、矛盾を感じるのです。
速度論を説明する式にはネルンスト-ノイエス-ホイットニー式があり、この式の意味するところは
溶ける速度は飽和溶液の濃度と現在の溶液の濃度の差に比例する
ということです。その比例定数に温度は比例、粘度は反比例します。温度が上がれば溶けるのが速いということが分かるのは然ることながら、粘度が下がれば溶けるのが速いということも分かります。
今回の実験では温度によって速度が速くなると仮説を立てて実験したものの、冷水と熱水での溶けやすさの違いには意外にも温度ではなく、粘度が大きな影響を与えていたということがわかりました。
また、温度も粘度も分子運動の運動の激しさと大きく関係しており、分子運動が激しいほど塩化ナトリウムの格子にぶつかる頻度が多くなるため、温度が高いほど、粘度が低いほど溶けるのが速いのです。