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人はなぜ呼吸をするのか?
酸素。それは人が生きるために必ず必要とする物質です。人は呼吸をすることによって空気中の酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出しています。
人は呼吸を1分でも止めると苦しいと感じ、10分も止まると、死に至ります。
この事実について、あなたは疑問に思ったことはありますか?
この記事では、人はなぜ呼吸をするのか、なぜ酸素を必要とするのか、そしてなぜ酸素を失うと生きることができないのか?という疑問にお答えしたいと思います。
大学生物を学んでいる方へ
この記事はATPの役割とその合成に関わる電子伝達系について詳しく説明しています。ATPや電子伝達系(呼吸鎖とも言います)について勉強している方の理解への足しになればと思います。
生きるためのエネルギー
酸素を失うと生きることができない理由を一言で説明すれば
「生きるためのエネルギーを作るために酸素が必要だから」
となります。
この説明じゃ、答えになってなくない?そもそも、生きるためのエネルギーってなに?
じゃ、「生きるためのエネルギー」って言うのを具体的に理解できれば、この素朴な疑問に答えられるな?
今、午後7時だけど、今日昼飯食った?何食べた?
えっ?なによ・・いきなり・・・。スパゲッティ食べたけど・・?
んー、じゃあ今頃、オマエの小腸の中で、スパゲッティ、つまりは小麦粉に含まれるデンプンが糖に分解されているな。
さらに、分解しながら蠕動運動して食べた物が運ばれていく。
何が言いたいの?
今、メシ食ってるよな。お米。噛んでると甘くなってくるよな?それはオマエの口の中で・・・
生々しいから止めて。気持ち悪い。だから、何が言いたいの?
そんなに怒るなよ~。オマエが「酸素は何で必要なの?」って聞いてきたからじゃないか。
(・・・なんとなく聞いてこんな話になるとは思わなかった。。。デリカシーの欠片もないんだから。。。)
だから、そういう唾液が出たりとか、小腸が蠕動運動したりとか、デンプンが糖に分解されるための触媒、つまり消化酵素を出すのに生きるためのエネルギーとやらを使ってるってことさ。
どういうこと?
俺らの体の中で起きている色んな出来事って言うのは、エネルギーなしにできるもんじゃない。ましてや、食ったもんが運ばれてるんだぜ?
あんなにクネクネした管の中でモノが貯まっていかず、流れているって現象はフツーに考えて、何らかの外部からの物理的仕事がされてないと起こらないだろ?
心臓の鼓動なんかもそうだよ。タダで動くポンプがありますか?ってハナシだよ。
・・・そう言われてみれば、そうね。
その時に使うのが生きるためのエネルギーなんだ。
食べ物を消化する。心臓を動かす、目で何かを見たり、耳で何かを聴いたりして何らかの応答をするなど、
普段の当たり前ことをするためにはエネルギーが必要になります。その当たり前のことが出来なければ生きていくことはできなくなります。
そのエネルギーを生み出すために酸素が必要になるのです。つまり、
「生きていく上での活動をするためのエネルギーを作るのに酸素が必要」
ということです。
エネルギーと言われてもイマイチ、ピンと来ないのよね~。
体の中で何らかの物理的仕事があって、生きることが出来ているということは分かったんだけど・・・その物理的仕事ってどうやって生まれるの?
化学反応だよ。俺らが生きるために使っているエネルギーの正体はこれだ。
アデノシン三リン酸。英語で言うとAdenosine TriPhosphate。略してATP。こいつのリン酸エステル結合が切れる時にエネルギーが出てくる。
化学反応でエネルギーが出るってのは、高校化学でやっただろ?ヘスの法則って言葉、覚えてるか?
覚えてる・・・
あ、生成エンタルピー?大学の一般教養でやった気がする!
そうそう!それそれ!
物質はそれぞれ固有のエネルギーを持っています。それを標準生成エンタルピーと言います。この値は
「分子が持っている原子同士の結合エネルギー」
と表現できます。逆に言えば、その原子同士の結合を破壊すればエネルギーが出てくるということです。
身近な現象で例えると、燃焼です。モノが燃えると火が出ます。火は熱いです。熱いということはエネルギーが出ているのです。
これは、炭素と炭素、あるいは炭素と水素の結合が破壊されたときに発生するエネルギーなのです。これを式にすると
※ΔHは化学反応によるエンタルピー変化です。マイナスということは、発熱反応です。上付きのマルは25℃、つまり標準状態の時の値であることを示します。
となります。この例はメタンの燃焼です。メタン1mol、すなわち16g当たり、891kJの熱が出るのです。エンタルピーがマイナスということは、物質がエネルギーを失っているということですから、
その失った分のエネルギーが高温の炎として出て私たちから見たときに熱いと感じるのです。
じゃ、ATPの話に戻ろうか。ATPはリン酸エステル結合が切れてADP(アデノシン2リン酸)とリン酸になる。
そして、エネルギーが出てくる。このエネルギーで俺らは生きている。つまり、
化学エネルギーを俺らの活動エネルギーに変換しているってことだ。
ATPはリン酸エステル結合が切れて、ADPとリン酸になるときにエネルギーが発生します。
※Piはリン酸を表します。
このエネルギーを使って、生命活動を維持しているのです。
人は食べた物と酸素を使ってこのATPを作り出し、それがADPになるときに発生するエネルギーで生きているのです。
ATPと酸素 ~電子伝達系~
先ほど、酸素を失うと生きることができない理由を
「生きるためのエネルギーを作るために酸素が必要だから」
と説明しました。これは
「ATPを作るのに酸素が必要だから」
というように言い換えることができます。
ATPと酸素ってどういう関係があるの?
電子伝達系っていう言葉、聞いたことあるか?
んーあったような・・・なかったような・・・。
電子伝達系とは、一言で説明すれば
還元剤から酸化剤へ電子が移動することによってATPが作られる仕組みのことを言います。
電子が移動する? ってことは酸化還元反応が起こってるってこと?
そうそう。電子伝達系では何回か酸化還元反応が起こって、エネルギーが生み出されている。
それで、酸素はその反応と何の関係があるの?
最後に電子を受け取るのが酸素なんだ。酸素は最後の電子の受容体なんだ。
・・・ということは、酸素がなくなってしまうと、電子の移動が出来なくなって、
電子の移動が出来なくなるということはATPが作られなくなって・・・
そう!死んじまうんだ。
(笑顔で生々しいこというなぁ・・・)
生きるために必要なエネルギー源であるATPは電子伝達系が働くことによって作られます。
※厳密にいえば、他の代謝でも作られますが、大部分は電子伝達系で作られます
電子伝達系をもう少し詳しく言えば、
還元性物質から電子を取り出して移動させ、その移動の際にできるエネルギーを元にATPを生産するための一連の代謝反応
と言えるでしょう。
電子伝達系の詳細
電子伝達の流れ ~NADHから酸素まで~
ATPを作るための電子伝達系。どのような仕組みになっているのでしょうか?
電子伝達系はNADHという、還元剤(電子を他の物質に与える物質、電子供与体)から、電子が放出され、その電子は最終的に酸素(電子受容体)に辿り着きます。
NADHって言うのはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの略で、こんな形をしている。
そして電子は以下の経路を通って、NADHから酸素に受け渡される。
うわっ・・・。なんかワケのわからない物質がいっぱい出てきた・・・。
図の見方もよくわかんない。そもそも、複合体ってなんなのよ?
まぁまぁ、落ち着けよ。まず最初にNADHからユビキノンに電子が移動してて、それを触媒してるのが複合体Ⅰっていうこと。
酸化還元反応でNADHは還元剤、ユビキノンが酸化剤ってこと?
その通り!
そもそもユビキノンって何?あと、カッコにあるCoQって何
ユビキノンは分子量860くらいの大きさの有機化合物。
コエンザイムQ10とも言われてるんだ。聞いたことあるだろ?
CoQってのは、ユビキノンって書くのも、構造式描くのもめんどくさいから、そういう風に略してるだけ。
ふうん・・・。シトクロムcとcyt cもそんな感じなの?
いや、シトクロムcはタンパク質だ。鉄イオンを錯体で持っている。この鉄イオンが酸化還元されるんだ。鉄イオンを持ってるタンパク質はヘムタンパクって言うんだが、みんなが良く知ってるヘモグロビンもその一種だな。
NADHにしろ、シトクロムcにしろ、ただ単に電子が移動するだけなのに、随分デッカイ分子使うんだね。なんでこんなデッカイ分子使うんだろ?
さぁ、それは俺も知らねぇ。俺が知ってるのは仕組みだけで、その仕組みがどうやってできたのかとかそういう起源的なモノはリナマのヤツに聞いた方がいいかもな。
理学部生物科ねぇ~。そこを突き詰めようとしたら話終わんなくなりそうだからやめとこ。
それぞれの複合体が触媒する酸化還元反応は以下の通りだ。
確かにこれ、酸化還元反応の式だね。最後に酸素が電子受容体として還元されてるのも分かった!
そっか。そりゃよかった。
電子伝達系ではその名の通り、電子をNADHから酸素まで移動させています。電子が移動するということは、各複合体で酸化還元反応が起こっているということになります。
酸化還元の内容は、上の式に示した通りに起こります。この式から、酸素が電子の最終受容体になっていて、電子伝達系が機能するには酸素が重要な役割を果たしていることがわかります。
しかし、電子が移動するだけでは、ATPは生成されません。
電子伝達系は
還元性物質から電子を取り出して移動させ、その移動の際にできるエネルギーを元にATPを生産するための一連の代謝反応
でした。
では、「電子の移動の際にできるエネルギーを元に」とはどういうことでしょうか?
プロトンポンプ
さっきの式で酸化還元が起こってることはわかったんだけど、プロトンのin/outってなに?酸化還元反応とは関係ないら?
※プロトン=水素イオン
ATPのこと忘れてねぇか?そもそもこの一連の酸化還元反応って、ATPを作るためのモノだぜ?
inってのはミトコンドリアのマトリクスの中、outは外だ。
あ、酸化還元と一緒にプロトンをマトリクスの外に出してるね。
そこ気づいた??そこたい!そこ!!
(あぁ、そこは重要なポイントなのね・・・)プロトンをマトリクスの外へ出してどうすんの?
マトリクス内外で濃度勾配(濃度差)を作るんだ。どんどんプロトンを外に出して、外のプロトン濃度を濃く、中のプロトン濃度を薄くする。
これって、自然に起こる現象じゃないだろ?
そうね。濃いところを余計濃くして、薄いところを余計薄くしてくわけなんだから。
そこでさっきの酸化還元反応の時に出たエネルギーを使うんだ。
あっ、な~るほど!
複合体は触媒としての機能だけじゃなくって、その触媒した反応で出てきたエネルギーを使ってプロトンを輸送するんだ。
まるで電気使って流体を高いとこへ押し上げるポンプみたいだろ?実際に複合体はプロトンポンプとも呼ばれてるんだ。
すごい!すごい高性能なのね!!
そうだろ~。生きてるってスゲェだろ?良く出来てるけん、ホンマに。
これでハナシ終わりじゃなくて、濃度勾配作ってどうするか?なんだけどさ
うんうん。
濃度勾配ができたってことは、今度はマトリクスの外から内へプロトンが流れ込むだろ?その時にエネルギーが出来て、そのエネルギーでATPができるんだ。
あぁ~。。うん。
内側のプロトン濃度を[H+]in、外側のプロトン濃度を[H+]outとした場合、ネルンストの式を元に発生する自由エネルギーは以下の様になります。
な?面白いだろ?ホンマようできとるけん!じゃ、全部わかったところでまとめるぜ。
人が酸素を必要とする理由
電子伝達系によるATP生産のまとめ
さて、なぜ人は酸素を失うと死んでしまうのか、元の問題に戻ってみましょう。最初にその理由を
「生きるためのエネルギーを作るために酸素が必要だから」
と説明しました。そしてエネルギーの実体としてATPというものがあることを説明しました。ATPがADPとリン酸になるときに
に従ってエネルギーが発生し、そのおかげで食べ物を消化したり、必要に応じて消化酵素を出したりすることができるのです。ATPという言葉を使って、人が酸素を必要とする理由を
「ATPを作るのに酸素が必要だから」
と説明しました。
ATPは電子伝達系で主に作られます。そこでは、
①還元剤NADHから電子が移動する(酸化還元反応)
↓
②反応によってできたエネルギーでプロトンがマトリクスの外へ移動
↓
③マトリックス内外でプロトン勾配ができる
↓
④マトリクス内へプロトンが移動するときのエネルギーでATPが作られる
という一連の流れが起こっています。
酸素は、電子の最終受容体として機能します。すなわち酸素がなくなってしまうと電子の移動が起こらなくなって、上記のプロセスが止まってしまいます。
それはすなわち死を意味します。人は常にATPを作っては使い、作っては使いを繰り返しています。これがストップしてしまえば、生命活動が出来なくなってしまうのです。
酸素を失ってしまうと電子伝達系が働かなくなって、ATPが作られなくなってしまう・・・だから、常にATPを作り続けるには常に酸素が要るのね。
そう。この電子伝達系という代謝機構は本当はもっと複雑で、今回はかなり端折って説明したんだが、
こんな複雑な仕組みが備わっているのにも関わらず、10分呼吸を止めただけで死んでしまうなんて、
なんか不思議なもんだよなぁ~。
生きてるって、凄いのね。
ああ。こんなに複雑なことが、俺らの意識しないところで起きていて、それによって今、こうやって美味しいご飯を食べたり、お話したりできるんだ。
今回は生きていく上での酸素の役割と、どうして酸素を失ったら死んでしまうのかを説明したが、他にもたくさんの生命活動を維持するカラクリがある。
NADHはどこから来るか? ~クエン酸回路~
ところで、クエン酸回路は知ってるか?さっき、唐突に出てきた還元剤のNADHはそこで作られる。
・・・名前だけ、なんか聞いたことある。
・・・フッ(笑)ちゃんと勉強しなかっただろ?
だって、大学入試の時、生物選択しなかったんだもん。逆に何でアンタ、専門は工場の設計?移動現象?とかなんか、流体力学とかその辺なのに、こんなことまで知ってるの?
俺の場合は生物なかったぜ。理科は物理と化学だけ。でも、一般教養で少しかじった。
そんなよくパンキョーの内容覚えていられるわね。そこだけ感心だわ~
(そこだけってなんだよ・・・)
いや、違うんだ。1年の時に付き合っていた彼女が東北のリナマだったから、教えてもらった。
え?・・・えええっ!!?アンタ、彼女いたの!!?しかも遠距離!!?やだー!!
せからしかっ!俺だって人並みに恋くらいはする。おいを何者だと思ってる?コンピュータじゃねえんだぞ。
むぞらしか~?
・・・むぞらしかった。ってか、何で、むぞらしい(かわいい)知ってんだよ。
いや、フツーに仕事で水俣(熊本県)の人とやりとりあるから。あと、ワタシのとこの大学だって九州出身いたし。
そんなことより、また今度詳しく聞かせてね!クエン酸回路の話と一緒に!!
次回、食べた物をエネルギーに変えるのに重要な役割を持つクエン酸回路について説明します。
クエン酸回路が回ることによって先ほどのお話に出たNADHが作られます。クエン酸回路と電子伝達系が理解できるようになると、
人がご飯を食べ、呼吸をしながら生きるその理由がわかるようになります。
この複雑なカラクリを是非マスターして生物で点数をとるだけでなく、生きていることのすばらしさを感じてみてください。
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