見ていた人は、ちゃんと見ている
ディープルが「……じゃあ、先に戻るね」と小さく言って席を外したあと、部屋にはしばらく静かな余韻が残っていた。
その空気を、わざわざ崩すような足音がひとつ近づいてくる。
いやあ、今のはなかなかだったな。
……いたの?
いたぞ。別に盗み聞きしてたわけじゃない。普通に通りかかったら、お前がずいぶん丁寧にディープルを扱ってたからな。つい気になってしまってな。
……!
丁寧にって、何よ。普通でしょう。あの子が言葉を探してるときは、急かさないほうがいいだけだよ。
ほう。「急かさないほうがいい」ねえ。ずいぶん熱のこもった普通だな。俺にはあんな声のやわらかさ、三割も向けてくれんだろう。
そりゃあなたは、放っておいても勝手にしゃべるじゃない。比較対象がおかしいのよ。
なるほどな。つまり、ディープルは特別に繊細だから、特別に大事に扱っている、と。
……そういう雑なまとめ方しないでくれる?
雑かなあ。俺はかなり精密に観測したつもりだが。目を離せない感じとか、「そのまま話して」って待つ感じとか、あと最後のあれだな。あれはもう、ほぼ——
ストーク。
おお、こわいこわい。そこまで怒るってことは、図星に近いんじゃないか?
怒ってるのは、あなたが人の大事なところを面白がってつつくからだよ。あの子は、ああやって言葉にするまでにも時間がいるの。そこを軽く扱われるの、私、嫌なのよ。
……へえ。
何よ。
いや。お前、思ったよりずっと本気で守りにいくんだなと思ってな。
……別に、守るとかじゃないわよ。ただ、見落としたくないだけ。
はいはい。見落としたくない、ねえ。便利な言い換えだな。
ほんっとにあなたは……! からかうなら、その軽い口ごと廊下に置いてきてくれない?
悪い悪い。だが安心しろ、今のやり取りを本人にそのまま伝えたりはせん。そんなことをしたら、お前が本気で飛んできそうだからな。
飛ぶわよ、それくらい。
だろうな。
まあ、なんだ。あいつはたぶん、お前みたいに待てるやつがいると助かるんだろう。そこは、わりと本気でそう思うぞ。
……あなた、そういうことを急に真顔で言うの、ずるいのよ。
お前がいい顔で怒るから、ついな。
もう知らない。次の決裁、判子の向き、ちょっとだけ斜めにして返すからね。
それはパワハラかな?だがまあ、その顔が見られたなら収穫としては十分か。
もう早く帰りなさい。上越新幹線の本数はそんなにないんでしょ?
北陸でもええ。
黙って帰れ!