結論
自己肯定感は、「自分は何でもできる」と思えることではありません。
うまくいかない日があっても、自分の価値が全部なくなるわけではないと思える感覚です。
それは、自信のような勢いとも、プライドのような張りとも少し違います。
もっと静かで、崩れにくい土台のようなものです。
自己肯定感を考えるときは、「どれだけ優れているか」ではなく、「うまくいかない自分をどこまで消さずにいられるか」を見るほうが、本質に近づきます。
背伸びしないという強さ
昔話の「金の斧・銀の斧」では、きこりは失くしたものをそのまま伝えます。
金でも銀でもなく、自分が落としたのは鉄の斧だと答える。
この話は正直さの話としてよく読まれますが、別の見方もできます。
それは、自分を大きく見せなくてもいいという落ち着きです。
自己肯定感が低いとき、人は実際の自分をそのまま出すのが怖くなります。
立派に見せなければ価値がない、できる自分でなければ受け入れられない、と思いやすくなるからです。
反対に、自己肯定感がある人は、必要以上に自分を盛らなくても立っていられます。
それは派手さではなく、静かな安定です。
……自己肯定感って言葉、よく聞くけど。
正直、少し苦手なんだ。
へえ。
前向きでいい言葉、って感じがするけど、どのあたりが苦手なの?
なんというか……
「もっと自分に自信を持とう」って言われてるみたいで。
でも僕、自信がある状態って、あんまり長続きしないんだよね。
何か一つ失敗すると、すぐ崩れるから。
ああ、なるほど。
自信と自己肯定感を、同じものとして聞くと苦しくなるのかもね。
よくあること
自己肯定感という言葉が誤解されやすいのは、それがしばしば「自信」と同じように扱われるからです。
たとえば、
- 仕事がうまくいっているときは気分がいい
- 褒められると、自分を少し好きになれる
- 失敗すると、急に自分が嫌になる
こうした揺れは、多くの人にあります。
そしてこれは、自分の価値を結果や評価に強く結びつけている状態でもあります。
自信は、できることが増えたり、成功体験を積んだりすることで高まることがあります。
しかし自己肯定感は、それとは少し違います。
自己肯定感は、うまくいっていないときにも残る土台です。
今日はだめだった、でもそれで自分全部が否定されるわけではない、と思える感覚です。
僕、褒められている間は少し元気なんだけど……
評価が下がった感じがすると、急に足場がなくなるんだ。
評価が栄養にはなってるけど、土台そのものにはなっていない感じかな。
うん。
外からもらうもので立ってると、それがなくなったときに一気に不安になる。
自己肯定感って、評価をいらないことにする話じゃなくて、
評価だけで自分全部を決めないための土台、って考えると分かりやすいね。
自信・プライド・承認欲求との違い
似た言葉はいくつかありますが、それぞれ少しずつ違います。
自信は、「自分にはできる」と感じる力です。
経験や実績と結びつきやすく、場面によって上下します。
プライドは、「自分はこうありたい」「こう見られたい」という像を守る力です。
それが支えになることもありますが、傷つきやすさにもつながります。
承認欲求は、「認められたい」「価値があると分かってほしい」という欲求です。
これは誰にでもありますが、強くなりすぎると、他人の反応が自分の存在価値そのもののように感じられます。
自己肯定感は、それらよりももっと基礎にあります。
できても、できなくても。褒められても、そうでなくても。自分の存在が丸ごとゼロになるわけではない、と感じられることです。
じゃあ、自信がある人が、そのまま自己肯定感も高いとは限らないんだね。
そうだと思う。
すごくできる人でも、少し崩れたときに自分を激しく責めることってあるしね。
僕、たぶんそこを混ぜてた。
できる自分でいられないと、存在ごと小さくなる感じがしてたんだ。
うん。
そこが分かれてくると、少し呼吸しやすくなるかもしれないね。
落とし穴
自己肯定感の話で起こりやすい落とし穴は、「自分を好きにならなければならない」と考えてしまうことです。
しかし、いつも自分を好きでいることは難しいものです。
大切なのは、好きか嫌いかを超えて、調子の悪い自分を即座に切り捨てないことです。
自己肯定感は、常に明るく前向きでいることではありません。
落ち込む日があっても、その自分を存在ごと消さない感覚に近いものです。
「自分を好きになろう」って言葉も、少し苦しくなることがある。
好きになれない日は、どうしたらいいんだろうって。
たしかに。
好きかどうかを目標にすると、できない日がまた苦しくなるね。
「今日は好きじゃないけど、だからって全否定はしない」くらいのほうが、現実的かもしれない。
静かな土台を持つということ
自己肯定感は、目立つものではありません。
むしろ、強く主張しなくても自分でいられること、過剰に飾らなくても崩れないことに近いものです。
金の斧でも銀の斧でもなく、鉄の斧だと言える落ち着き。
それは、立派さよりも深い意味での安定なのかもしれません。
自己肯定感って、元気の良さというより、静かな足場なんだね。
……うん。
すごく高く跳べることじゃなくて、落ちても全部なくならない感じ、なのかもしれない。
それ、いい言い方だね。
私もこの話、かなり勉強になったよ。
……ちゃんと聞いてもらえると、少しずつ言葉になるね。