似ていない二人が一緒にいるとき、そこには「相性」だけでは説明しきれない、人を大事にする向きの違いがあるのかもしれません。
書類の向こうに生活が見えると、急に気になることがある
通勤や家族に関わる申請を見ていると、肩書の向こうに、その人の暮らしがふっと立ち上がることがあります。確認作業のはずなのに、そこに生活の実感が混ざるのです。
そういう積み重ねの中で、シママはふと考えます。この人は、どうしてこの人と一緒にいるんだろう。見えている性格だけを並べると、かなり対極に見えるのに、不思議とそれだけでは片づかない感じがします。
似ていないのに、ちゃんと隣にいる
今日ね、ストークの申請決裁をやっていたら、またちょっと手が止まっちゃって。新幹線通勤のこととか、家族に関わる申請とか見てると、「あ、この人ほんとに生活してるんだな」って急に思うのよ。
……うん。書類なのに、急にその人の暮らしが見えること、あるよね。
それでね、ストークとファビーって、どうして一緒になったのかしらって思っちゃって。……まあ最初は、ファビーがかわいいからかしら、ストークも男の子なのね、で雑に納得しかけたんだけど。
……すごく雑だけど、ぜんぶ外れてるとも言い切れないのかもしれない。
ふふ。でも、それだけじゃない気もしてるのよ。あの二人、かなり違うじゃない? なのに、ただの勢いって感じでもないの。
……うん。たぶん、好きな気持ちがあるかないかより、人を大事にするときに何を先に守る人か、の違いもある気がするんだ。
何を先に守るか……?
……ある人は、相手をちゃんと分かろうとすることを先にするんだと思う。何が嫌で、何を大事にしてる人なのか、そこを間違えたくないから。
うん……雑に触れたくない感じね。
……そう。で、ある人は、先に関係が切れないことを守るんだと思う。うまく言えなくても、とにかく遠くなりすぎないことのほうが大事、みたいに。
同じ「大事にしたい」でも、動き方が違うのね。片方は分かろうとする、片方は切れないようにする。
……うん。だから、すれ違うこともある。でも、それだけで合わないとは言えないんじゃないかなって。
愛し方が違うと、見え方も変わる
相手を分かろうとする人は、尊重したいからこそ慎重になります。その慎重さは、最初は距離のように見えることがあります。
関係が切れないようにする人は、相手を大事にしたいからこそ、まず離れすぎないようにします。そのやわらかさは、曖昧さのように見えることがあります。
でも、この違いは対立だけを生むわけではありません。軽く扱われたくない人にとっては、ちゃんと見ようとしてくれることが安心になります。関係が切れるのがこわい人にとっては、離れずにいてくれることが安心になります。
| 分かろうとする人(ストーク) | 切れないようにする人(ファビー) |
|---|---|
| 相手の輪郭をつかみたい | 関係を冷やしすぎたくない |
| 雑に触れたくない | 離れすぎたくない |
| 慎重さが距離に見えやすい | やわらかさが曖昧さに見えやすい |
似ていない二人が惹かれ合うとき、こういう違いが「自分にないもの」として働くことがあります。すれ違いの種でもあるけれど、支えになることもあるのです。
違うからこそ、落ち着くこともある
人は、完全に同じ相手だけに惹かれるわけではありません。むしろ、自分が持っていない大事にし方に、ほっとすることがあります。
ストークとファビーのあいだにも、そういうものがあるのかもしれません。まだ言い切るには早いけれど、似ていないからこそ隣にいられる、ということは、たしかにある気がします。
なんだろう……似てないから難しい、で終わらないのね。似てないからこそ、相手の持ってるものに助けられることもあるのかな。
……うん。たぶん、そういうこともあるんだと思う。自分と違うのに、そこがむしろ落ち着く、みたいな。
そっか。最初の「ファビーがかわいいからかしら」よりは、だいぶ先まで来たわね。
……でも、それも、たぶん、ぜんぶ外れではないんじゃないかな。
ふふ、そこは残すのね。……でも、うん、その話、もう少し聞きたいかも。
……うん。ぼくでよければ、少しずつ。