似ていない二人が一緒にいるとき、そこには「相性」だけでは説明しきれない、人を大事にする向きの違いがあるのかもしれません。

書類の向こうに生活が見えると、急に気になることがある

通勤や家族に関わる申請を見ていると、肩書の向こうに、その人の暮らしがふっと立ち上がることがあります。確認作業のはずなのに、そこに生活の実感が混ざるのです。

そういう積み重ねの中で、シママはふと考えます。この人は、どうしてこの人と一緒にいるんだろう。見えている性格だけを並べると、かなり対極に見えるのに、不思議とそれだけでは片づかない感じがします。

似ていないのに、ちゃんと隣にいる

シママ

今日ね、ストークの申請決裁をやっていたら、またちょっと手が止まっちゃって。新幹線通勤のこととか、家族に関わる申請とか見てると、「あ、この人ほんとに生活してるんだな」って急に思うのよ。

ディープル

……うん。書類なのに、急にその人の暮らしが見えること、あるよね。

シママ

それでね、ストークとファビーって、どうして一緒になったのかしらって思っちゃって。……まあ最初は、ファビーがかわいいからかしら、ストークも男の子なのね、で雑に納得しかけたんだけど。

ディープル

……すごく雑だけど、ぜんぶ外れてるとも言い切れないのかもしれない。

シママ

ふふ。でも、それだけじゃない気もしてるのよ。あの二人、かなり違うじゃない? なのに、ただの勢いって感じでもないの。

ディープル

……うん。たぶん、好きな気持ちがあるかないかより、人を大事にするときに何を先に守る人か、の違いもある気がするんだ。

シママ

何を先に守るか……?

ディープル

……ある人は、相手をちゃんと分かろうとすることを先にするんだと思う。何が嫌で、何を大事にしてる人なのか、そこを間違えたくないから。

シママ

うん……雑に触れたくない感じね。

ディープル

……そう。で、ある人は、先に関係が切れないことを守るんだと思う。うまく言えなくても、とにかく遠くなりすぎないことのほうが大事、みたいに。

シママ

同じ「大事にしたい」でも、動き方が違うのね。片方は分かろうとする、片方は切れないようにする。

ディープル

……うん。だから、すれ違うこともある。でも、それだけで合わないとは言えないんじゃないかなって。

愛し方が違うと、見え方も変わる

相手を分かろうとする人は、尊重したいからこそ慎重になります。その慎重さは、最初は距離のように見えることがあります。

関係が切れないようにする人は、相手を大事にしたいからこそ、まず離れすぎないようにします。そのやわらかさは、曖昧さのように見えることがあります。

でも、この違いは対立だけを生むわけではありません。軽く扱われたくない人にとっては、ちゃんと見ようとしてくれることが安心になります。関係が切れるのがこわい人にとっては、離れずにいてくれることが安心になります。

分かろうとする人(ストーク) 切れないようにする人(ファビー)
相手の輪郭をつかみたい 関係を冷やしすぎたくない
雑に触れたくない 離れすぎたくない
慎重さが距離に見えやすい やわらかさが曖昧さに見えやすい

似ていない二人が惹かれ合うとき、こういう違いが「自分にないもの」として働くことがあります。すれ違いの種でもあるけれど、支えになることもあるのです。

違うからこそ、落ち着くこともある

人は、完全に同じ相手だけに惹かれるわけではありません。むしろ、自分が持っていない大事にし方に、ほっとすることがあります。

ストークとファビーのあいだにも、そういうものがあるのかもしれません。まだ言い切るには早いけれど、似ていないからこそ隣にいられる、ということは、たしかにある気がします。

シママ

なんだろう……似てないから難しい、で終わらないのね。似てないからこそ、相手の持ってるものに助けられることもあるのかな。

ディープル

……うん。たぶん、そういうこともあるんだと思う。自分と違うのに、そこがむしろ落ち着く、みたいな。

シママ

そっか。最初の「ファビーがかわいいからかしら」よりは、だいぶ先まで来たわね。

ディープル

……でも、それも、たぶん、ぜんぶ外れではないんじゃないかな。

シママ

ふふ、そこは残すのね。……でも、うん、その話、もう少し聞きたいかも。

ディープル

……うん。ぼくでよければ、少しずつ。