好きだったものを、また好きでいていい
世の中の空気を見たうえでも、自分が面白いと思ってきたものまで、自分で見捨てなくていいのかもしれません。
傷ついた理由が少し分かっても、 それだけで急に楽になるわけではありません。 社会の空気や、知性に向けられやすい湿った視線のことが見えてきても、 それで胸がすっと軽くなるとは限らない。 むしろ、分かったからこそ、なおさら残る痛みもあります。
それでも、 だからといって自分の好きだったものまで全部手放す必要はないのだと思います。 勉強してきたこと、考えてきたこと、面白いと思ってきたこと。 それらを大声で掲げなくてもいいけれど、 自分の中でまで恥の側へ追いやらなくていい。 そのくらいの静かな引き受け直しが、回復のかたちとしてあっていいはずです。
世の中の空気は少し見えた。でも、それで楽になるわけでもない
構造が分かったあとにも、まだ身体のほうにはためらいが残ることがあります。
……なあ、ディープル。
世の中の空気のことは、少し分かった気がするとたい。
……うん。
前より、外側のことも見えてきた感じはあるよね。
でも、それで俺が楽になるわけでもなかとだよな。
理屈では分かっても、
じゃあ明日から平気かって言われたら、全然そがんことはなか。
うん……。
そこは、そうだと思う。
分かったことと、すぐ楽になることは、べつだし。
そう。
だから、たまに思うとたい。
楽になるためには、もう全部薄くしたほうが早いんじゃなかろうか、って。
……うん。
でも、楽になるために全部を捨てる必要はないんじゃないかな。
……全部を、捨てる必要はない。
うん。
たぶん、全部を捨てたら、
楽になるというより……。
自分の大事なところまで、一緒に痩せる感じがするから。
社会の空気を理解することは、
自分だけが変だったわけではないと知る助けになります。
でも、それだけでは傷ついた習慣まではすぐ変わりません。
だからこの段階で必要なのは、
きれいに吹っ切れることではなく、
何を手放しすぎなくていいのかを静かに見直すことかもしれません。
隠すことと、恥じることは同じではない
場に合わせて言わないことはあっても、それを自分の中でまで恥だと決める必要はありません。
生きていれば、
自分の関心や知識をいつもそのまま出せるわけではありません。
場に合わせて話さないこともあるし、
あえて引っ込めることもある。
それ自体は、別に悪いことではありません。
でも、隠すことと恥じることは同じではありません。
出さない、という選択と、
「こんなものはみっともない」と自分で裁いてしまうことのあいだには、
かなり大きな違いがあります。
回復のなかで大事なのは、
その差を自分の中で取り戻していくことなのだと思います。
でもさ。
結局、出さんほうが平和な場面ってあるだろ。
そこはもう、ある程度しゃあない気もするとたい。
うん。
それは、あると思う。
出し方を選ぶこと自体は、べつに負けでもないし。
ただ……。
隠すことと、恥じることは、
たぶん同じじゃない。
……ああ。
そこは、たしかに分けたほうがよさそうだな。
うん。
今日は言わない、はあっていい。
でも、自分の中でまで
「こんな関心は感じ悪い」って決めなくていい、というか。
俺、それを一緒くたにしとった気がする。
出したら危ない、が、
そのまま、持ってること自体が恥ずかしい、に変わってた。
……うん。
たぶん、そこがいちばん痛かったところの続きなんだと思う。
自分の関心を守ることは、
大きな主張をすることではありません。
まずは、自分の前でだけでも、
それを乱暴に扱わないこと。
それだけでも、かなり深い回復になることがあります。
自分の関心を、自分の前でだけでも守る
人前で大きく掲げなくてもいい。ただ、自分の中で見捨てないことには意味があります。
ここでいう回復は、
何かを取り戻して堂々と示すことではありません。
もっと小さく、
もっと静かなものです。
自分が面白いと思ってきたものを、
自分の前でだけでも「なかったこと」にしない。
そのくらいの守り方でも十分です。
人は、自分で自分を雑に扱い始めると、
外からの空気より先に、自分の内側で折れてしまいます。
だから、
外ではまだ不器用でも、
内側だけは少し丁寧にしておくことが大事なのだと思います。
でもまあ、
そうは言っても、また自分で雑にしそうなんだよな。
反射みたいに。
うん。
そこは、すぐには消えないと思う。
でも、
またやったな、って自分で気づけるだけでも、
たぶん前とは少し違うから。
ああ……。
なくす、じゃなくて、
まず見つける、くらいでよかのか。
うん。
そのくらいでいいと思う。
そのほうが、たぶんちゃんと自分に残る。
好きだったものを、また好きでいていいのかもしれない
強くなりきらなくても、自分の“面白いと思う力”を見捨てないことはできるのかもしれません。
世の中の空気がすぐ変わるわけではありません。
自分の傷も、
きれいに消えてしまうわけではないはずです。
それでも、
だからといって自分が面白いと思ってきたものまで、
全部手放してしまわなくていい。
その関心を人前でどう扱うかは、ゆっくり考えればいい。
でも、自分の前でだけは、
それをみっともないものとして見捨てない。
シリーズの終わりに残したいのは、
そういう静かな再出発です。
……なんか、
いきなり前みたいに戻るのは無理だけど。
でも、
好きだったものを、また好きでいてもいいのかもしれん、
とは少し思えたばい。
……うん。
それで、たぶん十分なんだと思う。
いきなり誇れなくていいし、
強くならなくてもいい。
まず自分の中で、見捨てんで済むなら、それは大きいと思う。
そうだな。
俺、面白いと思う力まで嫌いにならんでよかのかもしれん。
うん。
たぶん、そこは残していいよ。
……お前がそう言うなら、
ちょっとだけ信じてみるたい。