「そんなつもりじゃない」は、向けた痛みまで消してはくれません。だから、ときには怒ることが必要になります。
軽いまま続けられると、もう軽く返せなくなる
「そこまでなら、逆になんで付き合ってないの?」
ファビーの問いのあと、会話はいったん止まりました。止まっただけで、終わりにはなりませんでした。ディープルの中で引っかかったものが、そのまま残っていたからです。
日を改めるほど大きな出来事ではないはずでした。でも、今ここで流したら、また同じ形で積もる。その感じだけは、もうはっきりしていました。
我慢してきたことが、とうとう言葉になる
……そういうの、軽く聞かれるの、ほんとにやめてほしい。
え。そんなに? いや、ほんとに不思議だっただけなんだけど。そんな嫌なこと聞いたつもりなかったよ。
今日のそれだけじゃないよ。前から何回も、そういうのやめてって言ってた。
え、でもそれって、そんな本気の意味だったの? ちょっと嫌そうにしてるな、くらいだと思ってた。ていうか、毎回そんな大ごとみたいに言われても——
大ごとにしたくなくて、ずっと小さく言ってたんだよ。
それなのに、毎回そのまま続いた。メモ帳のことも、評価のことも、シママのことも。僕が嫌がっても、すぐ「そんなつもりじゃない」で戻るから、結局またこっちが飲み込むしかなかった。
でも、そんなふうに言われたら、こっちだって何も言えないじゃん。普通に喋ってただけで、そんなに傷ついてたとか急に出されても困るよ。
急じゃない。僕の中では全然急じゃない。ずっと前から、普通の顔で刺される感じがしてた。
刺すって……そんな大げさな。
ほら、またそういうふうに返す。僕が嫌だったって言ってるのに、すぐ大げさとか考えすぎとか、受け取り方の問題みたいにされるの、ずっとしんどかった。
だって、実際そうじゃない? 私そこまで考えて言ってないし。そんな深読みされるなら、もう何も話せなくなるよ。
深読みじゃないよ。僕はただ、向けられてるものを受け取ってただけだよ。理由の分からない苛立ちみたいなものがずっと来てた。なんでそんな言い方になるのか分からないまま、毎回こっちだけが固まるの、ほんとに怖かった。
……苛立ち? 私が?
うん。はっきりした悪意じゃないのは分かるよ。でも、だから余計に分からなかった。なんで僕だけこんなふうに言われるんだろうって、ずっと考えてた。
でも、それってさ、私が悪いって決めつけてるだけじゃん。そんなふうに受け取られるなら、どうしたらいいの。私だって別に嫌いとかじゃないし、普通にしてただけなのに。
普通にしてただけって言うけど、その普通がずっと苦しかったんだよ。僕、前にもやめてって言った。そういう言い方やめてほしいって、何回も言った。なのに、軽く流されるたびに、あ、やっぱり伝わってなかったんだって思って、また黙るしかなかった。
……そんなに、本気で言ってたなんて思わなかった。ちょっと気にしないでよって意味かと思ってた。そんなに溜まってたなら、もっとちゃんと言ってくれなきゃ分かんないよ。
ちゃんと言うたびに、重くしないでとか、大げさにしないでって空気になるから、もうそれ以上言えなくなったんだよ。
でも、そんなふうに責められたら、私だってしんどいよ……! そんな全部、私が毒みたいに言われたら、もうどうしたらいいか分かんないじゃん!
僕だって分かんなかったよ。ずっと分かんなかった。なんで少しずつ嫌な感じになるのかも、なんで僕がこんなに疲れるのかも。でも、もうこれ以上、ないことにはできない。
……じゃあ、もう何も話せないじゃん。
今まで、僕は何回もそうだったよ。
……。
もう無理。これ以上、普通の顔でそういうの向けられるの、無理。僕、もうファビーと普通に話せない。
……そんなの、急すぎるよ。
だから、急じゃないって、何回言えばいいの……。
小さく拒まれたことを、軽く見続けると決壊する
ここで表に出たのは、ただの言い方の相性ではありませんでした。ディープルは以前から「やめてほしい」と小さく意思表示していたのに、ファビーはそれを本気の境界線として受け取れていませんでした。
ファビーにとっては、少し嫌そうにされた、少し重くされた、くらいの出来事だったのかもしれません。でもディープルにとっては、それが唯一出せた拒否のサインでした。そこが軽く扱われるたびに、「言っても伝わらない」が積もっていきます。
無知は、悪意より扱いにくいことがあります。相手が悪人ではないぶん、傷ついた側は怒りを持つこと自体をためらうからです。それでも、怒ることは必要です。そうでないと、痛みはずっと本人の内側で処理され続けてしまいます。
ファビーがずっと無自覚だったことも、この場面を重くしています。自分では普通にしていただけなのに、相手には長く消耗として残っていた。その非対称さが、とうとう隠せなくなりました。
静かだったものが、とうとう静かではなくなる
和解はしませんでした。誤解が解けたわけでも、どちらかが納得したわけでもありません。
ただ、今まで薄く積もっていたものが、もう薄いままではいられなくなっただけです。ここまで来ると、次の段階へ行かずにはいられません。