努力をわざわざ小さく言ってしまうのは、性格だけの問題ではない
自分を下げて話してしまうとき、そこには「嫌われたくない」「感じ悪いと思われたくない」という防衛が入っていることがあります。
努力してきたことや、勉強してきたこと、考えてきたことを、 わざわざ小さく見せて話してしまう人がいます。 それは単なる謙遜というより、 先に自分で熱量を下げておけば、傷つきにくいからそうしていることがあります。
だから、うまく自分の頑張りを持てないからといって、 すぐに「自信がない自分が悪い」とは言えません。 そうしないと危ない感じがあったから、 先に自分を小さくする言い方が身についたのかもしれません。
「いや、別に大したことないけど」と先に言ってしまう
本当は誇りがないわけではないのに、表ではわざわざ下げてしまうことがあります。
……なあ、ディープル。
俺、努力したことをそのまま言うの、ちょっと苦手なんだよな。
……うん。
そのまま言うのが、ちょっと危ない感じがする、みたいなこと?
ああ。
たとえば、何かやってきたことがあっても、
「いや、別に大したことなかけど」って先に言ってしまうたい。
たまたまうまくいっただけです、みたいな言い方もするし。
わりと反射で出る。
うん。
先に自分で少し小さくしておくんだね。
そう。
ほんとは、そこそこ頑張った自覚はあるんだよ。
何もしてないわけじゃなか。
でも、そこをそのまま出すと、
急に感じ悪くなる気がするんだよな。
自慢してるやつ、みたいに。
「頑張ったんだね」より、
「なんか鼻につくな」って受け取られるかもしれない、みたいな。
……そういう予感かな。
ああ、そう。
まさにそれ。
なんなら、
出した瞬間に嫌われるかもしれん、まである。
大げさかもしれんけど。
いや……。
大げさとは限らないと思う。
そう感じる空気、実際あるし。
だろ。
だから俺も、わりと手際よく自分を下げるんだよな。
変な技術だけ身についとる。
ちょっと笑うけど……。
でも、たしかに技術っぽいね。
反射で出る防御、みたいな。
そうなんだよ。
しかも別に、努力したことを恥じてるわけじゃなか。
むしろ本当は、
ちゃんと積み上げてきたことには誇りがある。
あるんだけど、表に出すとまずい気がする。
うん。
それなら、謙遜というより……。
先に自分を小さくしておけば、傷つきにくいから、そっちを選んでるのかもしれない。
……ああ。
たしかに、そっちのほうが近いかもしれん。
自分を下げて話してしまう人は、
必ずしも努力に価値を感じていないわけではありません。
むしろ、そこに意味を感じているからこそ、
雑に傷つけられないよう先に手を打っていることがあります。
先に自分を小さくしておく防衛
誇ると嫌われる、出すと感じ悪いと思われる。そんな予感が、自分を下げる言い方を作ることがあります。
自分の努力や能力をわざわざ小さくして話すとき、
そこで起きているのは、単なる控えめさではないことがあります。
先に自分で熱量を下げておけば、
もし相手に冷たく返されても傷が浅くて済む。
そんな予防線として働いていることがあります。
先に「大したことない」って言っておけば、
否定されてもダメージが少ない、ってあると思うんだよね。
ある。
かなりある。
先に自分で下げとけば、
相手が雑に来ても
「いや、まあ別に本気で言ってなかったし」で逃げられる感じがある。
うん。
本当の高さを出さないでおけば、
本当の高さを傷つけられずに済む、ってことなんだと思う。
そうそう。
出してないことになっとけば、守れる。
たぶんその背景には、
「誇ると嫌われる」とか、
「努力を見せると鼻につくと思われる」とか……。
そういう予感もありそうだね。
あるなあ。
ちゃんと言った瞬間、
自慢してる扱いになる感じ。
あと、
頑張ったことをそのまま言うと、
なんか暑苦しいやつみたいにも見えそうで。
うん。
それって、能力を持ってるかどうかの問題じゃなくて、
能力や努力を安心して持てる場が少ない、ってことでもあると思う。
ああ……。
「持ってていい」感じが、あんまりないのか。
そう。
持ってること自体より、
それをどう見られるかのほうが、たぶん怖いんだと思う。
ここで痛んでいるのは、努力それ自体ではありません。
努力したものを安心して持っていると、
それだけで場の空気から浮くかもしれないという対人不安です。
だから、自分を下げる言い方は、
弱さというより環境に合わせた防衛として育っていることがあります。
落とし穴は、「また自分を下げてしまった」と自分を責めすぎること
その言い方には不器用さだけでなく、ちゃんと守ろうとしていたものがあるかもしれません。
自分を小さくして話したあと、
「また素直に言えなかった」と落ち込むことがあります。
でも、その振る舞いには、
自分を守るための理由があったのかもしれません。
でもさ。
そうやって下げて話したあと、
自分でも少し嫌になるんだよな。
「ほんとは違うのに」って感じ?
そう。
そこまで卑下したいわけじゃなかったのに、ってなる。
うん。
でも、そこであまり責めすぎなくていいと思う。
下げて話したこと自体より、
そのとき何を守ろうとしてたのかを見るほうが、
たぶん大事なんじゃないかな。
何を守ろうとしてたのか、か。
嫌われないこととか、
変に見られないこととか、
頑張ったものを雑に踏まれないこととか。
……そのへんかもしれない。
……ああ。
たしかに、守ろうとしてたのはそっちかもしれんな。
下げて話してしまう自分を、すぐに弱さと決めなくていい
責めるより先に、その言い方が何を守っていたのかを知っておくと、少し扱いやすくなります。
努力をわざわざ下げて話してしまうのは、
自分に価値を感じていないからとは限りません。
ちゃんと誇りがあるのに、それを出すと危ない気がするから、
先に少し小さくしておくことがあります。
だから、そうしてしまう自分をすぐに責める必要はありません。
ただ、その言い方で何を守ろうとしていたのかは、
知っておいていいと思います。
……なんか、
「また下げてしまった」って責めるより、
「ああ、守りに行ったんだな」って見るほうが近い気がしてきた。
うん。
そのほうが、少しやさしく見られると思う。
まあ、次もたぶん普通に
「いや大したことなかですけど」って言いそうではあるけどな。
そこはいきなり変わらなくていいよ。
ただ、自分で仕組みが分かってるだけでも違うから。
そうだな。
何を守ろうとしてるかくらいは、
ちゃんと知っとってよかかもしれん。