熱力学から見る相平衡の基礎

非理想な気液平衡を本気で扱おうとすると、Raoult則だけでは足りません。相平衡の本体は、各成分について液相と気相で化学ポテンシャルが一致することですが、実際の計算ではそれを fugacity の形へ書き換え、液相側の非理想性は活量係数モデル、気相側の非理想性は状態方程式と fugacity coefficient で扱います。この記事では、Wilson 式、NRTL、状態方程式をばらばらの暗記事項ではなく、非理想気液平衡を計算するための熱力学モデル群として整理します。

Wilson と NRTL と状態方程式は、何がどう違うのか

液相側と気相側で、非理想性を見る道具が違います。

シママ

活量係数が必要なのは分かったけど、Wilson とか NRTL とか、さらに状態方程式まで出てくると、何がどう違うの?

ストーク

どれも非理想気液平衡を計算するためのモデルやけど、液相側と気相側で役割が違うたい。液相は γ、気相は φ で見る、という整理から入るとかなり分かりやすい。

シママ

つまり、液相は活量係数モデル、気相は状態方程式と fugacity coefficient で扱うんだね。

ストーク

そうたい。その役割分担が見えると、Wilson も NRTL も EOS も、急に一つの地図の中に収まる。

前の記事で見たように、理想液相なら Raoult則をかなり素直に使えます。しかし非理想液相では、液相の化学ポテンシャルは単純な組成だけでは表せず、活量係数が必要になります。同時に、高圧や強い非理想気相では、気相も理想気体としては扱えません。そこで、液相と気相を別々の道具でモデル化し、それを平衡条件でつなぐことになります。

この記事の芯は、「液相は活量係数モデル、気相は状態方程式と fugacity coefficient」という役割分担を、化学ポテンシャル一致から自然につなげて理解することです。

出発点は、化学ポテンシャル一致である

非理想気液平衡の計算も、根本は相平衡条件から始まります。

相平衡の本体は、各成分について各相で化学ポテンシャルが一致することです。液相と気相が平衡なら、成分 $i$ について

$$\mu_i^{(L)}=\mu_i^{(V)}$$

が成り立ちます。

これは、成分 $i$ が液相から気相へ、あるいは気相から液相へ移ることで、もはや自由エネルギーを下げられないことを意味しています。ここが、平衡関係の一番奥にある熱力学条件です。

ただし、実際の平衡計算で化学ポテンシャルをそのまま式の中心に置くのは扱いにくいので、通常は fugacity の形へ書き換えます。すると平衡条件は

$$f_i^{(L)}=f_i^{(V)}$$

と表せます。

この式にして初めて、液相側と気相側をどうモデル化するかが問題になります。どちらも理想的なら簡単ですが、非理想性が強いと、液相と気相でそれぞれ別の近似とモデルが必要になります。

シママ

化学ポテンシャル一致が本体で、fugacity はそれを計算しやすくした言葉なんだね。

ストーク

そうたい。やけん fugacity の話は別物じゃなか。化学ポテンシャル一致を、現実の平衡計算へつなぐための言語やね。

液相側は、活量係数モデルで見る

Wilson と NRTL は、液相の非理想性を表すためのモデルです。

液相側では、活量 $a_i$ を使って非理想性を表します。基本形は

$$a_i=\gamma_i x_i$$

です。ここで $x_i$ は液相モル分率、$\gamma_i$ は活量係数です。理想液相なら

$$\gamma_i=1$$

となり、活量は単なる組成に一致します。しかし現実の液相では、分子間相互作用の偏りのために $\gamma_i\neq 1$ となることが多く、ここをどう計算するかが大きな問題になります。

Wilson 式や NRTL は、この $\gamma_i$ をどう表すかのモデルです。つまり、「液相の化学ポテンシャルを、組成とパラメータの言葉でどう近似するか」という問題への答えです。

Wilson 式とは何か

Wilson 式は local composition の発想に立っています。液相中で、ある分子の周囲に見える局所組成は、系全体のバルク組成と一致しない、という考え方です。分子は自分と相性のよい相手を周囲へ集めやすく、その偏りが液相非理想性として現れます。

代表的な式の形はやや複雑ですが、二成分系ではたとえば

$$\ln\gamma_1=-\ln(x_1+\Lambda_{12}x_2)+x_2\left(\frac{\Lambda_{12}}{x_1+\Lambda_{12}x_2}-\frac{\Lambda_{21}}{\Lambda_{21}x_1+x_2}\right)$$

のように書かれます。ここで大事なのは式の暗記ではなく、Wilson 式が「局所組成の偏りを通して液相の居心地を表す」モデルだということです。

Wilson 式は、均一液相の VLE 相関では扱いやすいことが多い一方で、強い非理想性や液液分離を伴うような系には苦しい場合があります。

NRTLとは何か

NRTL は Non-Random Two-Liquid の略です。Wilson と同じく local composition モデルですが、NRTL では局所組成の“非ランダムさ”をよりはっきりパラメータ化します。つまり、「近傍組成はバルク組成からどれだけランダムではなくずれているか」を、より柔軟に表せます。

その一部は

$$G_{ij}=\exp(-\alpha_{ij}\tau_{ij})$$

のような形で現れます。ここで $\tau_{ij}$ は相互作用パラメータ、$\alpha_{ij}$ は non-randomness parameter です。NRTL は、強い非理想性、共沸近傍、液液平衡まで含めて見やすい場合が多く、Wilson より広い系へ柔軟に対応できることがあります。

観点 Wilson NRTL
基本発想 local composition local composition + 非ランダム性
得意な場面 均一液相の VLE 相関 より強い非理想性、共沸、LLE も視野
表現の柔軟さ 比較的軽い より柔軟
苦手な場面 相分離や強非理想系で苦しいことがある パラメータの扱いがやや重い
シママ

つまり、Wilson も NRTL も、液相の非理想性を組成だけではなく“局所的な偏り”まで含めて表そうとしているんだね。

ストーク

そうたい。液相は理想気体みたいに素直じゃないけん、組成の奥にある相互作用をモデルで抱え込まないといかんのよ。

バイナリパラメータを積み上げて、多成分系へ行ける

ここが活量係数モデルのとても面白いところです。

活量係数モデルの面白さは、二成分間の相互作用パラメータを土台に、多成分液相の非理想性まで計算できるところにあります。Wilson でも NRTL でも、実務上は成分 $i$ と $j$ の関係を表すパラメータを与え、それらを組み合わせて多成分系の各 $\gamma_i$ を求めます。

つまり、「A と B の関係」「A と C の関係」「B と C の関係」を集めていくと、A-B-C の三成分系が見えるようになるわけです。この感覚は、熱力学モデルの美しさの一つです。特定の二成分の関係をきちんと押さえることで、より複雑な多成分系へ拡張できるからです。

もちろん現実には、パラメータの質、温度依存、データの整備状況、モデルの限界などを無視はできません。それでも、「二成分相互作用を軸にして多成分液相を扱う」という構図は、活量係数モデルの非常に強い発想です。

シママ

二成分の関係を積み上げて多成分へ行けるのって、かなり面白いね。特定の二つの物質の関係を押さえれば、もっと複雑な混合系も計算できるんだ。

ストーク

そこは感動してよかところたい。熱力学モデルの強さって、局所の相互作用をちゃんと掴んで、それを積み上げて複雑な系へ行けるところにあるけんね。

気相側は、状態方程式と fugacity coefficient で見る

気相が理想気体からずれるなら、φ を計算しなければなりません。

液相側が $\gamma_i$ で非理想性を見るのに対し、気相側では fugacity coefficient $\phi_i$ を使います。理想気体なら $\phi_i=1$ ですが、高圧や強い相互作用があると $\phi_i\neq 1$ となり、気相も非理想になります。

ここで必要になるのが状態方程式です。状態方程式は単に $P$-$V$-$T$ 関係を見るためだけのものではありません。気相の fugacity や fugacity coefficient を計算するための道具でもあります。代表例としては Peng–Robinson や Soave–Redlich–Kwong などがあります。

非理想気液平衡の見取り図としては、たとえば

$$y_i\phi_i P=x_i\gamma_i f_i^\ast$$

のような形で見ると分かりやすくなります。ここで左辺が気相側、右辺が液相側です。厳密な補正項を省いた基本形ですが、伝えたいのは「液相は $\gamma$、気相は $\phi$」という役割分担です。

状態方程式と fugacity の関係

状態方程式を使うと、気相の圧縮因子やモル体積だけでなく、そこから fugacity coefficient まで求められます。つまり、EOS は PVT 関係の式であると同時に、気相の化学ポテンシャルを実務的な形で扱うための橋でもあります。

シママ

状態方程式って、体積とか圧縮率だけを見るものかと思っていたけど、fugacity coefficient を出すためにも必要なんだね。

ストーク

そうたい。EOS は気相側の非理想性をどう計算するかの道具でもある。やけん γ と φ を分けて見ると、気液平衡の全体像がかなり整う。

非理想気液平衡を一言で言うなら、「液相は活量係数モデル、気相は状態方程式と fugacity coefficient」で扱う、ということです。

なぜこうしたモデルが必要なのか

平衡計算を現実へ近づけるには、液相と気相の非理想性を両方見ないといけません。

Raoult則だけでは、非理想液相の VLE を十分に表せません。活量係数 $\gamma_i$ が組成によって変われば、平衡曲線そのものの形が変わります。すると、相対揮発度も一定ではなくなり、共沸の有無や分離しやすさの見積もりも変わります。

さらに、気相非理想性が無視できない圧力条件では、$\phi_i$ を 1 として済ませることも危なくなります。つまり、現実の非理想気液平衡を計算するには、液相側の $\gamma$ と気相側の $\phi$ の両方が必要になるわけです。

このとき Wilson、NRTL、状態方程式は、ばらばらの暗記事項ではありません。どれも「化学ポテンシャル一致をどう実用的な計算へ落とすか」という一つの問題に対する道具です。

蒸留設計では、モデル選択そのものが設計判断になる

平衡モデルの選び方は、分離可能性の判断にまで効きます。

蒸留設計では、平衡モデルの選択が分離可能性の判断そのものに効きます。共沸の有無、相対揮発度の組成依存、多成分蒸留の VLE 計算は、どのモデルで平衡を見ているかに強く依存します。

理想系近似で十分なら設計はかなり軽くなります。しかし、極性差が大きい系、共沸を含む系、高圧系、多成分で相互作用の偏りが大きい系では、そこを外すと設計の土台が危うくなります。実務では、物性モデルの選択そのものが設計判断の一部です。

シママ

ということは、どのモデルを使うかって、単にソフトの設定欄を埋める話じゃないんだね。分離できるかどうかの読み筋そのものに関わるんだ。

ストーク

そうたい。理想系近似で足りるなら簡単やけど、危ない系ではそこを外せん。モデル選択まで含めて、熱力学が設計へ入ってくるわけやね。

まとめ

非理想気液平衡は、液相側の活量係数モデルと、気相側の状態方程式・fugacity で扱います。

非理想気液平衡の出発点は、各成分について液相と気相で化学ポテンシャルが一致することです。実際の計算では fugacity の形へ書き換え、液相側の非理想性は活量係数モデル、気相側の非理想性は状態方程式と fugacity coefficient で扱います。

Wilson と NRTL は、どちらも液相非理想性を表すモデルです。違いは、局所組成の偏りをどこまで柔軟に表すかにあります。そしてその面白さは、二成分の相互作用を軸にして、多成分系の液相非理想性まで拡張できるところにあります。

ここまで見えると、Wilson や NRTL や状態方程式は、ばらばらの物性名ではなく、非理想気液平衡を計算するための熱力学モデル群として一つにつながって見えてきます。蒸留設計では、そのモデル選択自体が設計判断の一部になります。