熱力学から見る相平衡の基礎
Raoult則は、蒸留や気液平衡の最初の入口としては非常に便利です。ただし、それは液相が理想的にふるまうときの近似にすぎません。現実の液相では、分子間相互作用の偏りによって、組成だけでは表しきれない非理想性が現れます。この記事では、理想溶液から出発して、なぜ活量と活量係数が必要になるのか、そしてそれが蒸留設計の平衡計算にどう効くのかを整理します。
Raoult則は、いつでも使ってよいわけではない
理想系では強い道具ですが、現実の液相はそこまで素直ではありません。
ストーク、Raoult則って、いつでも使っていいわけじゃないんだよね? 教科書の最初にはよく出てくるけど。
その通りたい。理想系では強いけど、現実の液相はそう素直じゃなか。液相の中で分子同士がどう引き合うかで、Raoult則からずれることが普通にある。
そのズレを表すのが活量係数なんだね。
そうたい。ただの補正係数というより、液相の非理想性を熱力学的に押し込めた量として見たほうが筋が通る。
前の記事では、相平衡の本体が「各相で化学ポテンシャルが一致すること」だと見ました。しかし実際の平衡計算では、化学ポテンシャルをそのまま扱うより、より使いやすい量へ書き換えることが多くなります。そのとき液相側で中心になるのが、活量 $a_i$ と活量係数 $\gamma_i$ です。
この記事の目標は、活量係数を「経験的な係数」ではなく、理想溶液からのずれを熱力学的に表す量として理解することです。これが見えると、蒸留設計でなぜ物性モデルが重要なのかも自然につながります。
理想溶液とは何か
Raoult則がそのまま使えるのは、液相が理想的にふるまうときです。
理想溶液では、成分 $i$ の蒸気圧への寄与は液相モル分率 $x_i$ に比例すると考えます。これが Raoult則です。
$$y_iP=x_iP_i^{\mathrm{sat}}(T)$$
ここで、$y_i$ は気相中の成分 $i$ のモル分率、$P$ は全圧、$x_i$ は液相モル分率、$P_i^{\mathrm{sat}}(T)$ は温度 $T$ における純成分 $i$ の飽和蒸気圧です。この式は、液相側が組成に対して素直にふるまい、純成分の性質をそのまま混合液へ延ばせることを意味しています。
理想溶液での前提
理想溶液では、A-A、B-B、A-B の分子間相互作用に大きな偏りがないと考えます。言い換えると、混ぜたことによって液相内部の“居心地”が大きく変わらない、という前提です。だから、成分 $i$ が液相中にどれだけいるかは、ほぼそのモル分率 $x_i$ だけで表せます。
なぜ理想系では扱いやすいのか
理想系では、液相非理想性を別のパラメータで持たなくてよいため、平衡計算がかなり簡潔になります。蒸留の初学段階で Raoult則がよく使われるのは、この単純さがあるからです。二成分系なら、飽和蒸気圧の温度依存を与えるだけで、気液平衡を比較的素直に扱えます。
なぜ現実ではずれるのか
液相の分子間相互作用が偏ると、Raoult則からのずれが生まれます。
現実の液相では、分子同士の相互作用が必ずしも平均的ではありません。ある成分同士は強く引き合い、別の組み合わせでは弱くしか引き合わない、ということが普通に起こります。その結果、液相中の成分の“逃げやすさ”は、単純なモル分率 $x_i$ だけでは表しきれなくなります。
分子間相互作用の違い
たとえば A-B 間の相互作用が A-A や B-B より弱ければ、混合によって各成分は液相中で不安定になり、蒸気相へ出やすくなります。逆に A-B 間の相互作用が強ければ、液相中にとどまりやすくなります。これが Raoult則からのずれの熱力学的な背景です。
正の偏差と負の偏差
Raoult則より実際の蒸気圧が高く出る場合を正の偏差、低く出る場合を負の偏差と呼びます。正の偏差は液相からの逃げやすさが増している状況、負の偏差は逆に液相へ強く引き留められている状況だと見ると分かりやすいです。
理想溶液って、混ぜても液相の中の居心地がそんなに変わらない前提なんだね。そこが崩れると、モル分率だけでは足りなくなるんだ。
そうたい。液相の非理想性というのは、結局「成分が液相でどれだけ安定か」が理想系からずれることやね。そこを $x_i$ だけで済ませるのが苦しくなる。
この“ずれ”を熱力学的に表すために、活量と活量係数という量を導入します。
活量と活量係数
活量は有効濃度、活量係数は理想系からのずれを表す量です。
液相の非理想性を表すため、組成 $x_i$ をそのまま使う代わりに、より実効的な量として活量 $a_i$ を使います。液相での代表的な表現は
$$a_i=\gamma_i x_i$$
です。ここで $\gamma_i$ が活量係数です。この式が言っているのは、液相中で成分 $i$ がどれだけ“有効に”ふるまうかは、単なるモル分率 $x_i$ だけではなく、非理想性を表す係数 $\gamma_i$ を掛けたもので見たほうがよい、ということです。
理想系では $\gamma_i=1$
理想溶液なら、活量は組成そのものに一致します。つまり
$$\gamma_i=1$$
です。このとき $a_i=x_i$ なので、Raoult則はそのまま使えます。活量係数が必要になるのは、まさにこの $\gamma_i=1$ が成り立たないときです。
非理想系では $\gamma_i\neq 1$
非理想液相では、成分の液相中での安定性が理想系からずれるため、活量係数は 1 から外れます。$\gamma_i>1$ なら、その成分は理想系より液相から逃げやすく、$\gamma_i<1$ なら逆に液相へとどまりやすい、と大づかみに理解できます。
活量係数は何を補正しているのか
ここで「補正」という言葉を軽く使いすぎると弱くなります。活量係数は、単なる見かけの修正係数ではなく、液相での化学ポテンシャルのずれを組成表現へ落とし込むための量です。つまり、理想系では $x_i$ だけで表せた液相側の熱力学状態を、非理想系では $\gamma_i x_i$ という形で表しているわけです。
活量係数って、単に Raoult則へ後付けする補正じゃなくて、液相の化学ポテンシャルを組成の言葉で扱うための量なんだね。
そこが肝たい。$\gamma_i$ をただの便利係数で終わらせると、なぜ必要かが見えん。液相の非理想性を熱力学的に持ち込む窓口として見たほうがよか。
活量係数は相平衡式にどう入るのか
液相側の非理想性を入れることで、平衡計算は現実に近づきます。
気液平衡では、液相と気相で各成分の化学ポテンシャルが一致していなければなりません。その条件を fugacity や activity の形へ書き換えると、液相側の非理想性は活量係数として現れます。
低圧で気相が理想気体に近く、液相側の Poynting 補正を無視するような基本形では、成分 $i$ について
$$y_iP=x_i\gamma_i P_i^{\mathrm{sat}}(T)$$
のように書けます。理想系では $\gamma_i=1$ なので、これはそのまま Raoult則へ戻ります。つまり、活量係数が入る平衡式は、Raoult則を非理想液相へ拡張した形と見なせます。
理想系の蒸留と非理想系の蒸留の違い
理想系の蒸留では、液相の非理想性を気にせずに平衡関係を扱えるため、相対揮発度も比較的素直に読めます。しかし非理想系では、$\gamma_i$ が組成と温度に依存して変わるため、平衡関係そのものが大きく歪みます。その結果、分離しやすさも、組成によって大きく変わり得ます。
共沸とのつながり
非理想性が強い系では、気相と液相の組成差がある特定の点で消えてしまい、通常の蒸留だけではそれ以上分離できないことがあります。これが共沸です。共沸は、活量係数を無視した理想系の枠の外にある現象であり、液相非理想性の影響が設計へ直接現れる代表例です。
蒸留設計への含意
活量係数を無視すると、平衡計算も分離難易度の見積もりも危うくなります。
蒸留設計では、相平衡関係が「どこまで分けられるか」を決めます。したがって、液相非理想性を無視すると、平衡計算そのものがずれます。すると、必要段数、還流比、分離可能性の見積もりが最初から狂う可能性があります。
特に重要なのは、相対揮発度も一定不変ではないということです。理想系近似では相対揮発度を比較的単純に扱えますが、非理想系では活量係数の組成依存が効くため、相対揮発度そのものが組成とともに変化し得ます。つまり、蒸留のしやすさ自体が、組成に応じて動くわけです。
そのため、理想系近似だけで蒸留設計を進めるのが危ない系があります。極性差が大きい系、水を含む系、強い会合や分子間相互作用の偏りを持つ系では、活量係数をきちんと見ないと設計上の判断を誤りやすくなります。
ということは、活量係数を無視すると、平衡線図の形も、分離の難しさも読み違えることがあるんだね。
そうたい。理想系は入口としては便利やけど、現実の系で本当にその近似が持つかは別問題やね。そこを埋めるために、次は Wilson や NRTL みたいな活量係数モデルが出てくる。
まとめ
活量係数とは、液相の非理想性を熱力学的に表すための量です。
Raoult則は、液相が理想的にふるまうときには非常に有効です。しかし現実の液相では、分子間相互作用の偏りによって、成分のふるまいは単純なモル分率だけでは表しきれません。そのずれを熱力学的に表すのが活量 $a_i$ であり、組成表現の中に押し込めた量が活量係数 $\gamma_i$ です。
理想系では $\gamma_i=1$ で済みますが、非理想系では $\gamma_i\neq 1$ となり、これが気液平衡式に直接入ります。したがって、活量係数は蒸留設計における平衡計算の精度、ひいては分離可能性や必要段数の判断にまで影響します。
ここまで見えると、次に Wilson や NRTL のようなモデルがなぜ必要になるのかが自然に見えてきます。問いは「活量係数が必要かどうか」ではなく、「その活量係数をどうモデル化するか」へ進みます。