資料請求番号:TS56 TS72
大学の講義では「反応器の設計方程式」という名前で回分式反応器は
の式
連続槽型反応器(CSTR)は
の式
押し出し型反応器(PFR)は
の式
と言ったように、物質収支に基づいたこれら3式の導出とそれを使用した計算問題が定期試験で登場します。
しかしながら、実際に高校や大学の実験室で化学反応をやったことがある人は分かると思いますが、化学反応を行えば熱が出たり、熱が奪われたりします。
酸化還元滴定を行う時、2、3回目滴定でのその終点がある程度わかっていたが故に、その終点の付近まで適当にビュレットからジョロロ~と滴下したときに、教官に叱られたのは今となっては良い思い出です。コニカルビーカーがとても熱くなっていました。
さて、ここでもう一度設計方程式の話に戻りますが、この設計方程式は物質収支しか考慮していません。したがって、反応熱を考慮していないのです。
ところが、化学反応という自然現象は温度に対してシビアです。10℃変化するだけで反応速度が2倍になったり、半分になったりするのです。
確かにジャケットに水やオイル、スチームなど流して保温という作業を行っておりますが、それだけで
「反応器の熱収支は考慮していないけど、この式は反応器の設計方程式ですよ」
と認識してよいのでしょうか?
・・・という疑問から、今回の記事を作成しました。
今回は、回分反応器で化学反応を行う時、反応物質の濃度変化と温度変化を得るための
「反応速度式」「物質収支式」「熱収支式」の立て方を解説します。取得した方程式群はVBAを用いてルンゲクッタ法で解きますが、これは別記事にてまとめます。
解説にあたり、課題を2つ用意しました。1つ目はA→Rで表されるような1次反応、2つ目A→R→Sで表されるような1次の逐次反応を取り扱っています。
『A→Rで表される1次反応を、下記に示すような回分反応器で液相中で行う。
反応器は外側ジャケットに393Kのオイルを流して保温する。反応は発熱反応である。この時、反応物濃度と槽内温度の経時変化を求めるための連立微分方程式を導け。』
この課題は最初に示した設計方程式だけでは導けたことになりません。なぜならこれらは「反応速度式」「物質収支式」を考慮した反応器のモデル式であるからです。
今回の課題に取り組むためには上記2つにプラスして「熱収支式」を連立させる。
という考え方が必要になります。
以後、この課題に関する「反応速度式」「物質収支式」「熱収支式」を立てていきます。
A→Rで示されるような1次反応ですので、反応速度はAの濃度に比例し
で表されますが、今回は、熱収支を連立して解き、温度も解析対象にするので
と表記します。反応速度rAの次元は[mol・m-3・s-1]です。
A成分について物質収支をとります。物質収支は
蓄積量 = 流入速度 - 流出速度 + 系内における増減の速度
で表現できます。回分反応器の場合、流入=流出=0であり、A成分は反応が進むにつれて減少していくので、rAを使用して
と表現できます。
反応器の物質収支を立てる際は必ず左辺、右辺ともに次元が[mol/s]となるようにします。
ここで、Vを両辺で割って
とします。
熱収支も物質収支と同様
蓄積量 = 流入速度 - 流出速度 + 系内における増減の速度
で表現します。
系内に存在する熱量をq[J]で表現したとき、上の式に当てはめると
となります。
まず①について、
ジャケットから反応器の熱量の出入りを表現しているのですが、この項は「流入速度」を表していることもあるし、「流出速度」を表していることもあります。
といいますのは、T>TWであるとき、反応器内からジャケットの方へ熱が出ていくので「流出速度」を表しており項①の値は負となります。
一方、T<TWであるとき、ジャケットから反応器へ熱が入っていくので「流入速度」を表しており、①の値は正になります。
次に②について、これは「系内における増減の速度」であり、rAの速度で行われる反応の反応熱によって、系内の熱量がどれだけ増えるのか、減るのかを表現しています。
発熱反応であるとき、反応エンタルピーΔHは負になっているので②の値は正となり、反応による熱量の増加速度を表すことになります。
一方、吸熱反応であるとき、反応エンタルピーΔHは正になっているので②の値は負となり、反応による熱量の減少速度を表すことになります。
反応エンタルピーは反応物の視点から熱収支計算をするのですが、今回は反応器・反応系の視点から熱収支の計算をしたいのでΔHにマイナス符号をつけるのです。
(発熱反応の場合、反応物から見れば熱を捨てて別の物質になったと考えるのでΔHはマイナスだが、反応系の視点から見れば、それは系内に熱を供給していることになるので、ΔHにマイナス符号をつけて計算する。ということです。)
そして、左辺ですが、高校物理の「熱」の単元で習ったことを思い出すと
質量m,比熱Cpの物質の温度をΔTだけ上げるのに必要な熱量Δqは
Δq = mCpΔT
であるので、これを
の左辺について適用して考えると
となります。ρは密度、Vは体積ですから、かけ合わせれば質量になります。
反応中に反応液の密度、体積、比熱が変化しないと仮定を置けば
熱収支式として
を得ます。
式を立てたら、両辺の次元をチェックして式の健全性をチェックします。
これを行うのに便利なマクロを以前作成しましたので、これを使用してチェックします。
[blogcard url=”http://shimaphoto03.com/science/unit-macro/”]
左辺
右辺①
右辺②
全て、W(ワット)の次元を持っています。式として健全であることが確認できました。
ところで、両辺の単位であるワットは[W]= [J/s]です。
物質収支式を立てたときは両辺[mol/s]の式を立てました。
熱収支式になると両辺[J/s]の式を立てました。
いずれにしろ、系の中で物や熱が増減する「速さ」に関する式を立てているのです。
教科書には色々な式が書いておりますが、その内容に混乱してしまったら、
「速さ=速さ+速さ」みたいな式にして、再考すると、理解が進みやすいと思います。
このあと、熱収支式はルンゲクッタ法を用いて解くので、
のような形に変形しておきます。
「反応速度式」「物質収支式」「熱収支式」を基本とした3つの基礎式が得ます。
この基礎式を連立して解くことにより、回分式反応器の濃度変化および濃度変化が得られます。
上記連立微分方程式をVBAで解いた結果はこちら
[blogcard url=”http://shimaphoto03.com/science/batch-vba/#AR”]
化学反応はA→Rのような簡単に表せる反応ばかりではありません。むしろ、こんなに簡単な式で表せる反応の方が少ないと言ってもよいと思います。
次はA→R→Sで表されるような逐次反応を取り扱います。
『A→R→Sで表される1次の逐次反応を、下記に示すような回分反応器で液相中で行う。
反応器は外側ジャケットに393Kのオイルを流して保温する。反応は発熱反応である。この時、反応物濃度と槽内温度の経時変化を求めるための連立微分方程式を導け。』
A→R→Sで表される逐次反応は
A→R で表される反応が速度r1で行われ、その速度は
で表される。
R→S で表される反応が速度r2で行われ、その速度は
で表される。
と書き下すことができます。
物質収支は両辺[mol/s]の次元で立てたものを体積Vで割った式を使うということを了承し物質A、物質R、物質Sについて、以下の3式が成り立ちます。
物質Aにとっては、r1の速度でAが減っていく一方、
物質Rにとっては、r1の速度でRができてくるが、速度r2で減っていってしまう、
物質Sにとっては、r2の速度でSができてくる・・・
というように考えます。
蓄積量 = 流入速度 - 流出速度 + 系内における増減の速度
の考え方から、A→Rの1次反応のときは以下のような熱収支式を立てました。
ところが、今回、r1とr2の2種類の反応が同時に起こっているので、以下のように書き直さなければいけません。
以上よりA→R→Sで表される反応を回分式反応器で行う時
「反応速度式」×2「物質収支式」×3「熱収支式」×1を基本とした6つの基礎式が得られます。
この基礎式を連立して解くことにより、回分式反応器の濃度変化および濃度変化が得られます。
上記連立微分方程式をVBAで解いた結果はこちら
[blogcard url=”http://shimaphoto03.com/science/batch-vba/#ARS”]
反応器設計のステップをまとめます。
①反応器の”型”を選定する(回分式、連続槽型、押し出し式)
反応器の型によって物質収支、熱収支の取り方が変わります。
②対象とする反応の反応経路を調査する。
A→Rタイプなのか、2A→Rタイプなのか、A→R→Sタイプなのか、はたまた平衡反応なのかを調査します。
③反応経路から、器内で発生しうる反応を洗い出し、その速度式を求める。
r1= ・・・、r2 = ・・・
④反応にかかわる物質の収支をとる。
物質の数だけ収支式を用意します。その物質の立場に立った時、r1はその物質を増やす反応なのか、減らす反応なのかを考え、dCA/dt = ・・・に続く項を付け加えていきます。
⑤反応器内に関する熱の収支をとる。
右辺の(-ΔH)rVに相当する項は反応の数だけ項が増えていきます。
⑥経済性・安全性を評価し、反応器の仕様(容積、管の長さ)を決定する。
必要に応じて、反応器の”型”から考え直さなければならない場合もあります。
反応器内で熱収支をとることは経済性・安全性の評価において重要です。
発熱反応を行っている場合、温度が保冷が間に合わなくて温度が上がってしまい、反応が暴走した、暴走までいかなかったとしても、反応器の耐熱温度を超えてしまい、反応器をいためてしまった。ということが起こりえます。
吸熱反応を行っている場合、温度の保温が間に合わなくて温度が下がってしまい、製品ができるまで予想以上に時間がかかってしまった。ということが起こりえます。
従って、設計方程式に加えて、熱量、すなわち温度の解析もできるようになっておきたい。ということで、このページを書きました。