しままるの雑記帳

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心の問題

自分の道を自分で決めると幸せになる

投稿日:2017年4月18日 更新日:

自分の道を自分で決めることが充実感・幸福感へとつながる

不安は整理して考え、対処できる不安に関しては、脳が元気な間に「自分にとって一番気持ちのいい選択」をしましょうと申しました。(詳しくはこちら

不安はもちろん、これは「悩み」にも同じことが言えます。今回は私の今までの人生で悩みに当たったときにどんな選択をし、どんな結果になったかをお話ししたいと思います。私のこれまでの人生を参考にして「自分にとって一番気持ちのいい選択」とは何かを少しでも感じ取っていただけたらと思います。

私の履歴書

私の人生について語るので、まずは私の経歴を

・東海地方に生まれる
・熱心な教育ママと暴力オヤジの下で育つ(詳しくはこちら
・中学校は公立中高一貫校だったが、付属した高校とは別の高校へ進む
・大学時代は仙台(東北地方)で過ごし、化学と物理を学ぶ。
・現在は水島(中国地方)で働く
・教育ママのお陰で国公立の大学院を修了し、大手メーカーで働くも「心の病気」を患う
・現在、精神科に入院し「心の病気」について治療・勉強中

と言った感じです。私の人生の岐路は

①公立中高一貫校の受験

②付属高校への入学拒否と別高校への進学

③大学進学

④修士了で就職

といった感じです。①~④について振り返ってみたいと思います。

人生の選択

①公立中高一貫校の受験

  公立中高一貫校は2000年代前半当時としては新しい教育システムで、私の故郷においても、当時は高い注目を浴びていました。いわゆるその地域の「いい子」が集まる学校で、そのトレンドに乗ってか、私の母親は私に対して何度も「この中学に行きなさい」と言いました。車であの学校を通るたびに「ここがあなたの母校になるのよ」と何度も言われ続けたので、あの学校のある通りを通るのが怖かったのを記憶しています。

 母親の言われた通り、その学校を受験し、合格しました。私はいい子だったんです。なぜならACだから。そしてその中学校に入ったものの、その校風に馴染めませんでした。私はスポーツに強い苦手意識を持っていた(詳しくはこちら)のですが、その学校はスポーツが得意な子ばかりでした。つまり、何かの特技を持っていて、その特技を伸ばしやすい子が多かったのだと思います。

 私はこの学校で散々いじめられ、苦しみました。特にスポーツで輝かしい成績を挙げる子からよくいじめられていたので、生徒から見ても、先生から見ても私のその学校におけるヒエラルキーは最下位だったと思います。

②公立中高一貫校の受験

 中高一貫なのですが、その高校への入学権を拒否することができました。私は拒否することを主張しました。親とは何度も対立しました。何度も殴られ、外に追い出され、色々なことをされました。それでも私はその高校へ行きたくなかったのです。

 本音は入学予定の高校へ行きたくない、建前は高いレベルの勉強に専念したい、ということで入学予定だった高校よりも15ほど偏差値の高い別の高校へ進学しました。これは私の強い意志であり、親との対立の末に決めた選択でした。つまり、「自分にとって一番気持ちのいい選択」だったのです。

 それからというもの、友達は増え、充実した生活を送ることができました。自分で決めたからこその充実感だったと振り返ります。

③大学進学

私は国公立理系を目指しました。一応、国公立へ行くことは小さなころから(それこそ国公立大学の概念も知らないうちから)母親から口酸っぱく言われていたわけですが、これは私の意志で国公立理系に行きたいと決めました。そしてどこの国公立にするのかも自分で決めました。ここでも「自分にとって一番気持ちのいい選択」をできたのです。ちなみに、もうその時には父親が丸くなってきていて、どこでも好きなとこにいけばいいじゃん~って感じになっていました。

進学した大学でも有意義な時間を過ごすことができました。私は化学の学科だったのですが、機械系、電気系の友達と出会い、彼らと話をするたびに機械、電気の世界に入りたいと思うようになりました。それならば化学の中で一番機械に近い「化学工学」を専攻することに決めたのです。これも自分の選択でした。

研究室は化学工学系の研究室で流体力学や電磁気学の知識を使う研究室でした。私はそこで、両者の勉強を独学で進めました。

当時はかなり充実していたかと思います。学会も出て、論文も出し、研究仲間とお酒を飲み、教授・准教授からは認められ、子どものころにボロボロになってしまった「自己肯定感」を少しだけ育むことができました。

④修士了で就職

工学系の学生の9割は修士を修了した時点で就職することが多いです。

※大学4年修了時:学士(22歳)、修士修了時:修士(24歳)、博士修了時:博士(27歳) 年齢はストレートに進んだ場合の数字

本当の私は博士に進んで研究を続けたかったのですが、博士に進んだ後のことを考えたら怖くなって、博士に進む道を閉ざしてしまいました。当時は「博士の100人いる村」みたいな動画がポピュラーになっていて、博士に進んだ後のことを考えて頭の中がぐるぐるぐるぐるしてしまい、脳が疲れてしまって「みんなが就職するから就職」という選択をとってしまいました。これは「自分にとって一番気持ちのいい選択」ではなかったのです。

親という呪縛から逃れられたのに、自分で望む道を切り取ってしまったのです。今考えるともったいないなぁ、情けないなぁと思います。

 

 そして今・・・苦しんでいます。なぜか?当時自分にとって一番気持ちのいい選択をしなかったからです。自分は社会人に対する適性がないんじゃないかと思い込み、大学に帰りたいと思い、色々考えて、上司からも人格否定されて疲れ切ってしまったのです。

この選択は私の人生の中で、私自身が犯した最大のミスです。自分自身の人生を手に入れたのに、恐怖心から行きたい道から目をそらしてしまった。これでは親に縛られているときと変わらない・・・。

という歴史があり、今の状態があります。とにかく今やるべきことはうつ病回復3点セットを実行し、自分にとって一番気持ちのいい選択を探すことです。

まとめ

人は生きている間に何度か岐路に立たされます。不安な気持ちを持ったり、悩んだりすることはあるはずですが、脳が元気な時の自分に聞けば答えを教えてくれます。その答えというのが自分にとって一番気持ちのいい選択です。私はその選択をしたときに充実感を味わい、その選択に背いた(あるいは背かされた)ときは挫折感と絶望感を味わっています。今後の私には、自分の本音と向き合って、人生を歩みなさいと言いたいところです。

-心の問題

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